開かれた運命の扉・・・双子の姉妹の誘いの先に・・・・・・
目の前にいる2人の女の子は不思議な雰囲気を漂わせて
クスクスと奇妙な笑いを時より浮かべながら
それぞれの名前を名乗ったのだが、そのタイミングは全く同じで
どちらがどちらなのかよく解らなかった。
とりあえず、どちらかが「ベージュ」でどちらかが「セピア」と言うらしい。
服の色と前髪の流れている方向以外はほぼ同じと思える姿で
付き合いのない者では、見分けることは難しいだろう。
しかし、彼女たちの正体以前ににもっと大きな問題がある。
それはもちろん彼女たちが、どんな用件で青年を訪ねてきたかということだ
そして彼女たちが誘う先にあるものは・・・・・・
PAS
Chapter3 第7話 扉の先へ・・・
クスクスと怪しく笑う目の前の2人の女の子。
かわいいとか、きれいとかそういう言葉よりも、不思議という言葉が彼女たちには似合う。
不思議という言葉は、極端に言い換えれば怪しいわけで、彼女たちは怪しいともいえる。
そんな彼女たちに一切の面識はない。今日という日に初めて会った赤の他人。
ただ、自宅を訪ねてきたということは可能性としてこちらが向こうを知らなくても、向こうがこちらを知っている可能性が高い。
自分を知られる要素は今までの人生で数多く作ってきた。
ポケモン図鑑所有者をはじめに、第9回ポケモンリーグ優勝、ロケット団の壊滅、ロケット団の復活、あの事件を起こし・・・・・・
どのタイミングでこちらのことを知ったかは知らないが、とりあえず他人だが、訪ねてきた以上、客人として扱うことにした。
「・・・何か・・・御用で?」
どちらがどちらかは知らないが、とにかく用件は聞いておく。
ここで引き出す情報によって、この人物たちの危険性や人間性を把握することができるからだ。
そうひねくれずに考えても、おそらく用件があって訪ねてきた人から用件を聞かないわけにはいかないだろう。
「私たちは、あなたをお誘いに参りました。」「私たちは、あなたをお誘いに参りました。」
同じタイミングで話してくるので、声と声がシンクロして聞き取ることは可能だが
やはり、どちらがどちらの声であるかは判別できない。
「・・・誘うって・・・どこに?」
当然の質問。
これを聞かずに人についていくような人間にはなってはいけない。
しかも相手はなんだかよく解らない、怪しさ満点のおそらく一卵性の双子の姉妹。
加えて、彼女たちの腰にはしっかりとボールホルダーとなるベルトが巻かれており、トレーナーであることがわかる。
「私たちの仲間になっていただきたいのです」「私たちの仲間になっていただきたいのです」
過去にも一度、こんなことをいっていた集団がいて、それを拒んだら氷付けにされた思い出がある。
彼女体の雰囲気から考えてみても、下手をすればありえない話ではない。
何にせよ、現状で手一杯の状態なのに余計なことに首を突っ込んでいられない。
「悪いけど・・・今、他の事で手一杯だ。・・・それに、そういう集団に所属する気は全くない。」
青年はきっぱりと断ると、姉妹は顔を見合わせてしばらく見つめあい考え込んだ。
「・・・その話は嘘でしょう。」「・・・その話は嘘でしょう。」
話を遠まわしに説明してはいるが、嘘はついていない。
先ほどの言葉を嘘と思うのには、こちら側の情報をそれなりに持っているということだ。
それも、最近の・・・
「あなたはポケモン協会のエージェントとして、ある人物の直属部隊に所属していますね。」
「それに、ロケット団の首領としても活躍中じゃないですか。」
初めて彼女たちは別々の内容を話した。
先ほどの紹介を思い出してみると、どうやら、前髪が右に流れているほうが「ベージュ」、左側に流れているのが「セピア」らしい。
そしてこの2人の持っている情報は真実であり、尚且つ、セピアの話したロケット団のことは
協会の人間も、仲間たちも知らないはずの事実であり、そして、この事実は自分にとっての弱みである。
「・・・・・・誘うって、何処にだ?」
観念する気はなかったが、下手なゆさぶりをかけてどツボにはまるよりはマシと判断した青年は
とにかく相手の情報をひきだすという目的も含めて、会話を円滑に進めることにした。
「それは、私たちが所属する集団、“円卓の騎士”です」「それは、私たちが所属する集団、“円卓の騎士”です」
“円卓の騎士”・・・・・・どこかの国に伝わる物語で、確かアーサー王という人物に従う12人の騎士たちのことだ。
この物語の結末は・・・・・・覚えていないが、グリーンが読んでいた本にこの話があったはずだ。
「その“円卓の騎士”にオレが必要な訳?」
「はい、あなたの“統べる者”の力を貸してほしいのです」「はい、あなたの“統べる者”の力を貸してほしいのです」
“統べる者”のことを知っている時点で、相当な情報網を持っていることがわかる。
この力を借りるということは、集団を率いて、まとめるというわけで、ロケット団の二の舞になることも考えられる。
だが、裏を返せばロケット団となりうる組織のことを知れるチャンスともいえる・・・
「悪いけど・・・即決することはできないよ。情報と時間がほしい。それが叶わないなら無理だ。」
きっぱりそういうと、姉妹は再び顔を見合わせて無言で考え込む。
無言なのにまるで話し合っているような2人・・・もしかしたら、一卵性の双子によくあるといわれる
意思疎通、“テレパシー”を行うことができるのかもしれない。しかし、それで会話しているのだとすれば
彼女たちは超能力者に近い存在なのかもしれない・・・。
「いいでしょう。本当は即決で返事をいただきたかったのですが、今日という日に免じて許しましょう。」
「誕生日のプレゼントだと思ってとっておいてください。」
そういい残すと、一枚のディスクを手渡して2人は歩いてどこかへと行ってしまった。
次はいつ来るのかの情報をよこさなかったことを考えるとこちらの動きをある程度は察知、または監視していることが考えられる。
そして渡されたディスク。この用意の良さから、こうなることは初めから予想されていたのだろう。
この情報をどうするかでこちらの動き人間性を把握する目的も考えられる。純粋に情報を渡すような人間の集まりならば
“統べる者”の力を欲するとは到底考えることができない。
何にせよ、彼女たちが光を浴びている世界の住人ではないということが理解できた。
四天王の時のようになる前に、ある程度探りをかけてみる必要があるのかもしれない。
・・・そういえば2人の言葉を聞いてもう一つ解ったことがある。それは今日が自分の誕生日だということだ。
今日でいよいよ24歳となるわけだが、幼い頃から夢見ていた自分の姿とは大きく違う自分自身に、なんだかがっかりを覚えた。
(そういえば、イエローが訪ねてきたのはもしかしたら、誕生日だったからかもしれない・・・・・・)
一瞬、そんな甘い考えを持ってしまった自分自身に呆れ返ると、青年は受け取ったディスクの中身を確認するために
ドアを閉めて、一人自室へと戻っていった・・・。
円卓の騎士・・・・・・
12人のトレーナーで構成される集団。
それぞれがそれぞれの特長にあわせたポケモンを使用する。
現在のところ絶対的権力者が存在しないために、その方向性を定めることができない。
ここに12人の名だけを示す・・・
烈火のカーマイン
豪雪のホワイト
鋼鉄のグレイ
ダブル・ゴースト ベージュ&セピア
猛毒のモーブ
女王蜂キミドリ
化石のブラウン
蒼穹のスカイブルー
念動のパープル
博愛のピンク
激流のアルトラマリン
ディスクに入っていた情報は、画面に文字だけを表示していく。
表示された文字列の中で唯一理解できることは、あの姉妹が、円卓の騎士内で“ダブル・ゴースト”の異名を持つということだ。
彼女たちもまた、闇の住人たちなのだろうか・・・・・・
8月9日・・・・・・
時は流れて、再び昼を迎えたマサラタウン。
青年は昨日の内に壊れた団員用のポケギアを新しく買いなおした。今度は多少強度に優れるものを選んだようだ。
そして今日は、あの男に面会して今回の一件と壊れた仕事用のポケギアの代わりを貰う必要があるために
朝食と昼食の間、即ちブランチを摂ったらポケモン協会本部へと出向かなければならない、
そしてその食事は・・・・・・コンビニのサンドイッチと牛乳だ。
昨日イエローの作ってくれた食事には一切手をつけずに、ピカたちに全て与えてしまった。
おいしそうに食べるピカたちを見ると
(やっぱり、食い物は粗末にできないしなぁ。)
レッドはとても満足そうに微笑んで自分の食事を続けた。
プテの翼を借りて空を駆ける青年は、予備の黒いスーツを着ており、いつもどおりの黒い姿をしている。
一応、自分の職場での最高責任者のような人間に会うのだから、きちんとした格好をしなければならないのが常識。
私服で軽々しく話せるような相手でもないし、そんな態度と服装では相手にもされないだろう。
予感として、いつの時かあの男とは対峙することだろう。だとしたら、最低限あの男と対等な振る舞いができる人間でなければ
対峙することさえも不可能であろう・・・・・・
空を数十分駆けると、ポケモン協会本部・・・即ちセキエイこうげんへと到着した。
ここは今のところ、全国に存在する全てのポケモン協会の中心的存在となっており、総本部といっても過言ではない。
大きく立派な建物を包み込むのは、非常に緊張感の漂う空気。警備員の顔は、そんな空気に影響されてか緊張しているように見える・・・
その警備員に挨拶を交わすと、青年は建物の中に歩みを進めていく・・・。目指す場所は、あの男がいる“幹事長室”・・・・・・
あの男の権力は、いまや会長の次にまで到達している。いや、もうすでに“影の会長”として機能しているようだ。
証拠にあの「T」字バッチのトレーナー部隊・・・。直接その戦闘能力を見たわけではないが、直轄部隊にいた面子は
ロケット団の追撃任務の際の仕事仲間たちであり、情報としてそれなりの戦闘能力を持っていることは知っている。
そんなトレーナーたちを率いて部隊としていると、もう、武力とも思えなくもない・・・
(ま・・・こう思ってる自分自身が武力そのものだけどな・・・・・・)
自分で思いついて、自分で傷つく皮肉を思ってみる。
確かに自分自身の戦闘能力の証明は今までの戦いが見事に証明してくれている。
「はぁ・・・・・・」
大きく溜め息を吐くと、歩みを進めていた足が止まる。どうやら目的地に到着していたようだ。
これからあの男と面会するのに、思考を別のところで働かせていたら、どんな誘導尋問に引っかかって
こちら側の秘める情報を引きずる出されるか解らない。おそらく、向こうも、こちらのことを100パーセントの信頼をしていないだろうから・・・
コンコン
2度のノック。静まり返っている廊下にはノックの音が静かに響きわたる。
「・・・どうぞ」
優しい声が室内から聞こえる。・・・・・・あの男だ。
「失礼します。」
青年は一間おいて、ふぅ、と息を吐いてから部屋へ入った・・・・・・
「いらっしゃい。」
入室と同時に笑顔で迎えるあの男。嫌な空気に身体がこれ以上の進行を拒んだが、何とか歩みを進める。
男は両肘を大きなデスクにたてて手を組んでいる。パッと見では優しそうな人間なのだが
あの笑顔の下には、大人の世界、現実の厳しさ、それら以上の残酷な発想と考えが常にめぐらされている。
そしてあの笑顔は崩れることがなく、一切の感情を読み取らせない。
だが、この男の言動や表情一つ一つを気にしているようでは、この男と渡り合うことはできない。
ここは何か問われる前にこちらの用件を話してしまえばいい。
話させて厄介なら、話させなければいいのだ。
「興味深い話を仕入れてな・・・・・・」
上司であるが、この男にこのような口調で話すのには、この男が話しやすい雰囲気を醸し出しているということ以外に
多少でもこの男に同等で話していることを印象付ける考えがあるからだ。
普通の人間が相手ならば、ただ無礼な振る舞いでしかない。
青年は5分ほどの時間をかけて、昨日あったことをとりあえず話してみた。もちろん、あのディスクの存在は秘密である。
ディスクを秘密にするということは、この男が“円卓の騎士”の情報を知らない限り、この男に“円卓の騎士”を知る術はない。
あくまでも“怪しげな組織に誘われた”ということで話を進めた。
この行動とその考えの背景には、“円卓の騎士”を守るということに加えて、とある言葉をこの男から聞くことができる。
「・・・情報が少なすぎますねぇ・・・・・・どうしますか? あなたの命を使わせていただいてよろしいのですか?」
「潜入しろ・・・ってか?」
自分で言って、なんとも白々しい言葉。
同じ過ちを繰り返させようとしているのかとも思えるが、仕事として考えれば当然の判断とも思える。
だが、この言葉が聞けた以上、これからやるべきことと、その道は定まったといえるだろう。
そして、かなり汚い話だが、自分の目的のために、ロケット団の解体の隠れ蓑にすることもできる。
自分はいつからこんなにもずる賢い人間になってしまったのかと、ふと思った。
もしもその理由を挙げるなら、この男が影響しているといっても過言ではないが・・・
「妙にやる気がありますねぇ・・・」
「“仕事”として割り切れる歳になったさ」
ほぼ即答して、サラリと話を返す。
「明らかに、罠の香りが臭っていますよ? いいのですか?」
「・・・自分の命に執着するのが、最近、馬鹿らしくなってな。 後、昔から言うだろ・・・“虎穴に入らずんば、虎子を得ず”って。」
最もことらしいことを言ってみる。 あながち嘘ではないのだが。
「いつから自分をそのようにお捨てになるようになったのですか? ・・・まさか、あの女の子に魂を持っていかれましたか?」
「・・・自分を捨てたんだ。過去の思い出に生きるはずがないだろ。・・・・・・単に疲れただけだ」
気味の悪い鋭さに、一瞬、嫌なものを覚えたが、平常心を維持して会話を続けていく。
「そんなに死にたいのですか・・・・・・死の先には何もありませんよ。」
「それは・・・死んでみなければ解らないことだ。誰にも証明はできないだろ?」
若干の溜め息で間を作り、余裕があるように見せかける。
「・・・・・・この仕事で殉職なさるおつもりで?」
「簡単に死ねる命をしていなくてね・・・。 悩んでいるところさ」
自虐的な皮肉を混ぜてみる。こちらの考えを読ませはしない。
「別のメリットでもあるのでしょうかねぇ・・・?」
核心を突く一言。おそらくこの言葉には相当な勝負がかかっているように感じた。
おそらく今までの流れ全てが、この一瞬のための布石に過ぎないのだろう。
返答に困り口ごもった瞬間にこの一言は大きな意味を持つ。なぜなら、こちらの核心をついているから
予想が核心に変わったとき、全ての考えが読まれているといってもおかしくはない。
この“口撃”を捌ききるには、こういった方法がある、
「・・・はぁ・・・・。」
若干の笑顔での、わざとらしい溜め息。余裕、当然の質問、当然の答えということを装う。
実際、人間の会話というものは言葉だけでなく、身振り、手振り、相手の表情、感情からも言葉を読み取る。
この男に通用するとは到底思えないが、次の言葉の威力を高めるには十分といえるだろう。
「金とか、出世って言わなきゃ解らないか・・・。」
「あなたがそんなものに興味があるとは思えませんけどね。」
即座に言葉が返ってくる。この件は確実に掘り下げてくる。掘られきられるわけにはいかない。
「ポケモンたちの世話代だって馬鹿にはできない。いいトレーナーには、いいポケモンが必要だろ?」
「その程度の金額は、あなたの給料から推測しても微々たるものだと思いますけどね。」
「カビゴンがいてな・・・。天然のもので間に合わせているが、それでも大変なときは大変だ。」
「・・・・・・そのような話を私が信じるとでも?」
急に、言葉から暖かさが無くなり、冷たい温度へと変わる。
くだらない話に用はないというメッセージが身体に伝わってくる。
無言の時が流れ、今までとは異なる冷たく張り詰めた空気が漂い、核心を確実に突きにきた雰囲気が表にされる。
万事休す・・・のように見せかけて、実はこの展開を望んでいたりするのだ。
「・・・わかった・・・・話せばいいんだろ・・・・・・」
「それでいいのです。」
案外すんなりと青年は話し出した。・・・ただし、話し出すのは真実とは遠い話だが。
「オレは・・・自分の魂に自由が無い。その呪縛から逃れたいだけの、ただの死にたがりだ」
「それを隠していたと?」
「こう言っちゃあ難だが、あんただってオレの魂を縛る呪縛なんだぜ? オレはもうそういうのは嫌なんだ。」
本当に隠さねばならない真実は隠し、公開可能な真実を打ち明ける。“本当のことを話す”ということは守っている。
「死の自由さえないことがどれだけ苦痛かは、体験してみなくちゃわからないぜ。
・・・・・・ホント、生きることが辛いってのこういうことを言うんだろうな。」
嘘を話しているわけではない分、その表情や瞳に戸惑いや焦りは出てこない。そうなると相手の考えを探るのは難しい。
「・・・・・・そういうことですか・・・・・・。」
青年の瞳を見つめて、どこか諦めたような声で話した。
納得しているようだが、疑惑を捨ててはいないだろう。それでも、納得をさせたのだからこの場はしのげたと言える。
「おそらく、あなたは死ぬことができないでしょう。だったらその命を最大限に使っていただきます。」
「・・・わかった。」
何とかこの場はしのげた。それと同時に、合法的に“円卓の騎士”に潜入し、内部を調査することができる権利を得た。
この権利は青年にとっていくつものメリットを与える。
まず、“円卓の騎士”を協会の介入無く探ることができる。これにより、ロケット団の解体をより円滑に行うことができる。
そして仕事として、“円卓の騎士”を探れるということは、彼らの存在に関する情報を入手できるわけで
ロケット団に代わる闇となるのであれば、場合によっては壊滅させることによって他への被害も抑えられる。
さらに、先ほど話した“死”を得ることができるかもしれない・・・・・・
「あ、そういえば・・・ポケギアが壊れちまったんだ・・・・新しいやつ支給してもらえないかな?」
「お安い御用です。明日の朝には、正式な指令書と一緒にあなたの自宅へと送りましょう。」
「ありがとさん。」
青年は笑顔で頭を下げると、一礼して部屋を後にした。
再び廊下を歩いて外へ出ると、思い切り外の暑いが開放的な空気を浴びる。
正門の警備員に挨拶を済ませると、来たときと同じようにボールからプテラのプテを呼び出した。
呼び出されたプテは、一鳴きすると、青年の肩を朝と同じように掴もう落とした。だが、明らかに青年の様子がおかしい。
「・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・ッたく・・・アレはヤバイな・・・・・・」
苦しそうに呟く青年の額からは、大粒の汗がボロボロと流れてきている。
無論この発汗は、夏の暑さのためではない。先ほどのあの男との会話の最中、延々とかけ続けられたプレッシャーを我慢した証だ。
そのプレッシャーは、部屋に入ったときからかけられており、部屋を後にしてもしばらく続いていた。
真夏の太陽の下で止まらない汗を拭う青年。夏の開放的な空気も台無しにする時間の終わりに、多少の安心を覚えた・・・・・・。
そしてまた、壊れたポケギアに残っていたデータを新しく買ってきたポケギアに移し変えると
太陽は沈み、月が昇る頃になっていた。おそらく明日、彼女たちが尋ねてくるだろう・・・・・・
8月10日・・・
目覚めの悪い朝を迎えて(朝といっても午前10時だが)、朝食も摂らずに居間のソファでボーっと時を過ごしている。
服装もラフそのもので、半袖のシャツと短いズボンのいつもの室内着を着用している、
ピンポーン。
そこへあの電子音が鳴り響いた。
青年は、ふぅ、と息を吐くとソファから立ち上がり扉へと向かう。
扉の先で待っている存在に考えられるのは2つの可能性。
一つは、協会からの荷物、もう一つは彼女たち。
結論から言えば、間違い無く荷物のほうが先に来るほうが好ましい。指令書を見られたら、大問題だ。
いつの間にか到着していた扉の前で、一間をおいてから、青年は意を決してドアノブを握り扉を開いた・・・・・・
修羅場か待っているか・・・
思惑通りに事が運ぶか・・・
運命の別れ道、その答えは・・・・・・!!
「あっ・・・・・・おはようございます!!」
目の前に飛び込んできたのは、誕生日の日にご飯を作りにきてくれた女の子・・・
いや、その程度の関係ではない。いろいろと知っている関係である女の子で
美しい長い金髪と、可愛らしい容姿をした女の子・・・イエローだった。
「・・・お、おはよう」
ガクリと脱力したが、残っていた気力で挨拶を返す。
おととい、アレだけのことを言ってしまったというのに、なぜ彼女はここまで明るく自分に近づこうとするのか・・・
自分としては、前回のようなまた傷つけるような結果にはしたくない。自分は逆に、彼女の心を癒す存在でありたいのに
逆に、彼女に気を使わせて、傷つけるばかりで・・・・・・
どうしてこんなにもどうしようもない男に“社交辞令”とはいえ、なぜ根気よく会いに来るのか、本当に不思議でたまらない。
とりあえず、上がらせようと思った矢先、イエローの背後に人影が立った。
「宅配便です。えーっと、レッド・・・さんですよね?」
「・・・ああ、すまない。」
その人影は、宅急便の配達員らしく、その手には伝票とティッシュ箱程度の大きさをしたダンボール箱を持っている。
どうやら、事は思惑通りに運んでいるようだ。ただ、イエローがこの場にいることはかなり想定外なのだが・・・
イエローを玄関で待たせておいて、渡された伝票にサインをしていくと青年は、ダンボール箱を受け取った。
「ありがとうございました〜」
配達員はさわやかに挨拶を済ませると、2人の一礼して青年の家から去った。
そのまま立ち尽くしていた2人だが、今日も嫌というほど快晴の空からは、ジリジリと身を焦がす日の光が降り注いでいる
玄関に立ちっぱなしでは、いつかその暑さにやられてしまうことだろう。
「・・・とりあえず、上がってくか?」
「あ、はい!!」
元気に答える彼女のとっても嬉しそうな笑顔に、青年は顔を真っ赤にすると背を向けて一人、居間に向かい歩き出した。
無論、その手には先ほど送り届けられたダンボール箱を持っている。
その後をイエローがついていく。やはりその表情は嬉しそうだ。
「まぁ。適当に掛けてくれよ。」
冷房の効いた居間は、外の暑さを忘れ去らせてくれるくらい冷たく、ヒヤリとした空気を生み出してくれるエアコンに
感謝の思いを抱かずにはいられない。こんなとき、改めて文明の力には驚かされる。
青年はその言葉を残して居間を後にすると、何かを感じ取ったのか、ダンボール箱を持って寝室へと向かった。
イエローはその言葉の通りにソファに腰掛けて、青年の登場を落ち着きながら、ドキドキソワソワして待つ。
実は今日、いつも通り仕事があるのだが、第六感が何かを感じ取ったようでこうして青年の家を訪れている。
この予感の元が解決したら、職場へと直行する予定なので、今日は特別おめかしをしているわけではないが
それでもあの青年の顔を赤面させることができるところを見ると、彼女の容姿の美しさは格別といえよう、
場所は代わり、青年の寝室・・・。
青年は先ほどのダンボール箱をどんどんあけると、中から新品の箱に入ったポケギアと複数枚の書類が折って入った封筒を取り出した。
ポケギアを後回しにして、青年はその封筒の中身を確認する。 そこには、あの男のサインをされた指令書が入っていた・・・。
サッと目を通すと、その指令書を封筒ごとパソコンのある机の引き出しにしまうと、青年はいつものスーツへと着替え始めた。
黒いネクタイ、ワイシャツ、夏場に着ると思えない黒いスーツとズボン。今まで来ていた衣類をその辺に投げ捨てると
それぞれをしっかりと着用していく。そして、ボールホルダーと昨日購入したポケギアを腰に掛ける。
すると青年の姿は・・・・・・ブラックへと変わった。
何かが、大きな何かが動き出そうとしている。
明らかに、全ての雰囲気が変わっていく。夏が冬に、暑さが寒さに、寒さが熱さに・・・・・・
全てを変えていく雰囲気が着実に近づき、そして今、あの音を鳴らす・・・
ピンポーン。
誘いの音色が家中に響き渡ると、屋内の2つの存在と屋外の1つの存在に緊張と覚悟、そして不安が生まれた。
全ての予感が集まっている。あまりにも異様で心をかき乱す不安、不安、不安・・・・・・
居間で待つことに痺れを切らしたイエローは、青年のいるであろう場所を目指すためにソファから立ち上がり
廊下へと出ようとした瞬間、その青年が丁度姿を現した。
「・・・・・・ッ!!!」
「・・・おわっ!」
彼女は青年のスーツに酷いシワができるくらいに、力強く青年の黒いスーツを握り締めてその胸に顔をうずめた。
一気に上昇する体温に、顔が真っ赤になるのがわかる。その間にも、無言で自分に寄りかかってくる彼女は
心の中は不安にかき乱されながらも、一心不乱に青年にその不安を伝えようと必死になって無言で寄りかかる。
誘いの音色はあの時と同じように、一定のリズムで奏でられ続けている・・・
「・・・・・・。」
顔の紅潮が引いて来た青年は、寄りかかる彼女を見つめていると、その反応から彼女の心理状態を読んだ。
この男、恋心には鈍いものの、人を洞察する力には秀でており、超一流の観察眼を持ち合わせている。
不安に押しつぶされそうな彼女の身体を、自然と両腕が優しく包み込んだ・・・・・・
腕の中で小さく震える彼女の身体は、いつも以上に小さく、まるで小さなポケモンのようだ。
大切に大切に、優しく扱ってあげなければ、今すぐにも壊れてしまいそうな存在を優しく優しく抱きしめた。
・・・まるでその腕は、この存在をどうすればいいのかを知っているといった感じに程よく力は抜けており、それでいて、弱々しくない。
本当はこのまま、この存在を慰め続けることができるのならば、そうしていなければならないのだが
先ほどから耳障りな誘いの音色が、そうはさせないと、運命の扉へと誘う・・・
「いってくる。」
彼女の耳元で、静かに呟いた言葉。
抱きしめる腕を開放すると、グローブの右手で彼女の美しい金色の髪を優しく撫でる。
この、今、抱く想いが、愛情なのか、慈悲なのかは自分の心に問いかけてみても、その答えは出ないだろう。
ただ、“名目上は”愛情であることにしなければならない・・・・・・
後に明かされていくことだが、イエローがこの時、青年の家に来たことは大きな意味を持っていた。
全ての真相が明かされることは本当に先の話だが、ただ、一つ言えることは彼女はこの時既に“運命への抵抗者”だったといえる。
青年を思う心が起こした奇跡だったのかもしれない・・・・・・。
すっと、彼女から離れた。意外にすんなり、彼女は握り締めていたスーツを開放してくれた。
涙で濡れる彼女の顔に気づかないふりをして、くるりと彼女に背を向けると
青年は誘いの音色に誘われ、運命の扉へと進んでいくのであった・・・・・・
「では、参りましょう。」「では、参りましょう。」
「・・・・・・ああ。」
双子の姉妹に導かれ、この夏の日、青年は“円卓の騎士”へ・・・
残された女は、濡れた顔を拭い、ただ一言呟いた。
「・・・まって・・・ます・・・・・・」
開かれた運命の扉の先に
闇だと思っていた扉の先に
命を捨てようとするその先に
闇の集団だと思っていたその中に・・
“もう一つの”運命が存在して居ようとは・・・・・・。
この日、この時、この瞬間・・・青年は知る由もなかった・・・・・・
第8話へ・・・