・・・ゆったりと流れていく時の中で・・・青年の選んだ道は・・・・・・
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
話題は尽きたが、どうにもこの状態をやめるにやめられない。
そんな無言の書斎は、“つがい”の2匹のピカチュウがヒョコヒョコと
耳を忙しなく動かす音がはっきりと聞こえてきそうなほどの静寂につつまれた。
「・・・イエローさ、年明けすぐにでも暇ある?」
静寂を打ち破ったのは、青年のこの言葉。
恋人同士、または想い合う者同士の言葉というよりも
どこか普通の、本当に普通の言葉として青年の口から話された。
「と・・・年明けじゃなくても、暇ですよ。」
対して彼女は、その言葉を想いの言葉と受け取ったようだ。
普通、こういう言葉を受けて舞い上がるのは男性の方が多いのだが
よっぽど嬉しかったのだろう。顔が赤くなりあからさまに喜んでいるのが解る。
「じゃあさ、初詣って行く?」
言葉の温度は変わらずに。いや、若干下がったかもしれない。
「・・・はい。」
「おし、決まりな。」
そんな言葉を話した、彼の真意は・・・
PAS Chapter3 第31話(前編) 青年の目指す道、歩む道
冬の寒さと闇が支配する空間を1人で歩きながら、灯りのついた自宅を目指して帰る。
これがもし自宅に灯りが点いていなかったら、永遠とこの空間を彷徨うのだろうか。
そんなことを考えながら、たぶん暖房も入っていることを信じて家路を歩く。
手に持っているコンビニの袋には、買ってきた新品のノート。これにできる限り記憶した
ウミばあさんのあの書斎で見た情報をまとめるつもりだ。
資料の持ち出し禁止というのはなんとも面倒くさい。
それに、ノートとペンを使うというのは彼にとって苦手なことの1つでもある。
しかし、ルシエ・R・ヴェルディーク作の“最後の楽園”が無い以上、
こうして記憶したことをノートに書き出していくしかない。
“最後の楽園”の主人公は2人の青年。2人は一卵性双生児だった。
兄の方の名を「セキ」、弟の方の名を「クロガネ」と言ったらしい。
さらにこの2人以外の登場人物として「セキ」の親友である「リョク」
「クロガネ」の恋人であった「サクラ」、「セキ」の後輩である「キンジ」
そして「セキ」のことを想っていた「キナコ」という女性が出てくる・・・
(で、確か・・・)
資料にあっただけにそれを信用するしかないのだが、この物語の原型を伝承する
ある地方の昔話と弾き語りの歌詞から検証した結果、彼らはこういった存在であったらしい。
セキ・・・
赤き瞳を輝かせ、両刃の片手剣で多くの敵を討った王宮の将軍。
クロガネ・・・
黒き瞳は闇に誘い、3匹の蛇で兵たちを苦しめた盗賊団の首領。
リョク・・・
薄緑の瞳が知性を表し、冷静な決断と厳しさをもった美形の参謀。
サクラ・・・
薄桃色の瞳に愛を宿し、眼光鋭く暗殺を得意としたクロガネの片腕。
キンジ・・・
金色の瞳で希望を見つめて、王宮の将軍に弟子入りした流浪の旅人。
キナコ・・・
薄黄色の瞳と女神の光、治癒の力を司る森の守り神。
ファンタジックな中世の世界を彷彿とさせる言葉たちに、正直、困惑するしかない。
何をどう解釈し、どこをどうしたら、この伝承が自分たちの生きる世界に繋がって
あの男が動き出すきっかけとなった重要な鍵になるのか。
それに・・・
「・・・・・・キナコ、ねぇ。」
6人中5人はよくわからないが、最後の1人“キナコ”という存在については少し理解できる気がする。
治癒の力、薄黄色の瞳、森・・・このキーワードから直結したのは彼女、イエローだ。
それに“女神”というフレーズは、今、自分が抱く彼女へのイメージにぴったりで、余計にそう考えさせる。
だが、これらのヒントからあの男、サカキは成り上がれるチャンスを見出しているのだ。
あの写真の年齢の頃、イエローは生まれていなかったし、仮にイエローと同じ能力の存在を認知していたとしても
どう悪用したって、あの男がロケット団を結成するまでのエネルギーにはならないはずだ。
それ以外の何か・・・このヒントには、それを解き明かす壮大な謎が含まれている・・・・・・
ため息を吐いて、記憶をもう一度整理しなおしていくと、後ろから人の気配が近づいてきた。
この寒さと闇しかないようなこの空間で、自分以外の存在(無論、腰のボールホルダーの中には
6匹の、そして懐には1匹の存在がいるのだが)を感じ取ると安心を覚えるのだが
逆に背後から近づいてくる、しかも小走りで近づいてこられると若干恐怖と焦りを覚える。
だが幸いなことに、その気配には邪気や殺意のようなものはない。
・・・しかしどこか悪戯な悪意が感じられる。
「はい、コーヒー。」
もう聞き慣れた女性の声と共に、顔の真横に差し出された熱々のコーヒー缶を顔すれすれの
ところで頭半分だけの距離を動かしてそれを避ける。この時の殻の表情は自信に満ち溢れていて
背後の彼女の悪戯に対して余裕を見せようとしていたようだが・・・
「お、熱ッ!!」
「お前・・・自分から当たりにいくって・・・バカだなぁ。」
感覚はずいぶんと研ぎ澄まされているようではあるが、彼女の言うとおり、いかんせん馬鹿
なので彼は自ら熱々の方向に顔を動かしてしまい、頬に熱々のコーヒー缶をペタリとつける。
どうにも彼は気取ったことをすると失敗する性質らしい。
ペタリと触れた瞬間に反射的に顔を避けたが、十分に頬に熱は伝わった。
「・・・でも、サンキュー。」
そう言って自分の頬に当てられたコーヒー缶に手を伸ばすと、それに返ってきたのは
背後の彼女が正面に回ってきて、差し出された手のひらを上に向けた右手であった。
「え? え?」
その行動の意味が解らず、小さく首をかしげるブラック。
対して、ブラックの反応を即座に理解した彼女は、用件をそのまま答えた。
「100円。」
さも、当然といった感じで、一切の遠慮や気恥ずかしさなど無く。
彼女の右手の意味は、どうやら「お金頂戴」の意味のようだ。
その一言を聞いて、彼は気が抜けた驚きを露にする。
「マジですか、ピンクさん?」
「ジョウト地方の人のケチぶりを、なめちゃ困るわ。」
2人の会話には、隔たりのようなものが無い。本当に心の奥底で相手のことをどう思っているのか
それは解らないが、少なくとも、冒頭でのイエローとの会話に比べれば、2人の間の空気は
ずっとよくて、心底馬が合うといった感じの会話だ。
2人は雑談しながらのちょっとふざけた空気で夜の闇の中に続く、家への道を歩く。
時より吹く冷たい夜風は、自然と2人の距離を近づけていた・・・
「これ何?」
時計の短針はやや“10”よりを指していて、長針は“9”を指している。
時刻はクリスマスイブの21時45分。恋人たちが盛り上がる頃だろうか。
そんな時刻であり、日付なのだが、ブラックは居間のテーブルでノートに真剣に向かい合い、
難しい顔をしている。そこへヒョコッと肩の辺りから彼女こと、ピンクが顔を近づけてきた。
それこそ、彼女の皮膚から発せられる熱や、呼吸の音が鮮明に聞こえるほど近くだ。
「う〜んいや〜・・・ってか、近い近い!!」
「なに、ウブきどってんのよ。」
そう彼女に言われてしまうと、どうにも返しようが無かった。
ポリポリとこめかみの辺りをかいているブラックに一切の興味を示すことなく
ピンクはテーブルの上のノートを勝手に取って見始めた。ブラックはすぐさま
ノートを取り上げようとしたが、予想以上に彼女はノートの情報に惹きつけらられている
ことに気付くと、あえてそのまま彼女にノートの情報を見せてみた。ウミ婆さんが
必死にこの情報を守っていたことを考えると、間違いなく部外者である彼女に情報を
見せることはいけないのだが、ブラックはこの彼女の惹きつけられ方に、なにか
“自分には気付くことのできないなにか”をこの情報から引き出してくれる、見つけてくれる
のではないだろうかと思ったのだ。実際、1人で考えるよりも、様々な人間の意見を求めたほうが
自分にはできなかった新しい切り口を見つけ出せるということはよくある話だ。
「お前、瞳の色に何か感じないの?」
「瞳の色??」
しばらくノートの情報を読んでいた彼女はそんなことを呟いた。
ちなみに、ノートに書いてある情報というのは“最後の楽園”の主人公、と
登場人物についての伝承の事である。
「黒い瞳は流石になんとも言えないけど、それ以外の色の瞳はお前の周りに全員いるじゃない。」
「・・・そういえば・・・・・・確かに、そうだな。」
ふと、彼女の瞳を見つめると彼女の瞳が薄桃色をしていることに気付く。
気付くというと、本当に今知ったように勘違いしてしまうが、実際は少し前からちゃんと知っていたし
なんというか、見慣れすぎていて不思議にも感じなかった。特別な感情も抱かなかったということだ。
今は“赤き瞳”は失われているが、それ以外の色の瞳は確かに自分の周囲の人物がそれに当てはまる。
たしかにブルーやシルバーの、またクリス、そしてホウエンのメンバーのことを考えると
偶然にしてはでき過ぎているように感じてしまうが、それとこれを関連させる思考までは働かなかった。
「“円卓の騎士”で、地の色でこういう色が瞳にがついてるのは、私とアルトだけなのよね。」
「そうなのか?!」
アルトの瞳は少々異質なものだが、彼女、ピンクの瞳は正真正銘、薄桃色の瞳。
自分自身がそういう瞳をしていて、周囲がそういう瞳をしていない。そしてまた
周囲が自分自身に合わせているという現実。こういうことがあると、自然と瞳の色への関心は湧く。
いや、逆に関心を持たないほうがおかしい。なぜどうして自分の瞳の色は周囲と違い
そして周りはそれに合わせるのか。少々、自意識過剰のように思えるが、当人にしてみれば
人生を左右するようなコンプレックス・・・とまではいかないが、気になることではあっただろう。
どうして自分の周りにそういう瞳の持ち主の人物が集まったのかは不明だが、
気にも留めていなかったことがどうやら何かの“きっかけ”、“鍵”となっているようである。
やはり、彼女にこの情報を見せて正解といえるだろう。
「後全員、簡易バトルバイザー機能搭載のカラーコンタクトしてるのよ。」
彼女の説明で、あのカラーコンタクトの機能と意味が説明された。
本来の戦闘支援ツールであるバトルバイザーの簡易版として製作されたコンタクトレンズで
“バトルレンズ”という名称らしい。製作者はあの老婆の配下にいた科学者たちとのこと。
その機能は、トレーナーがポケモンと心を通わせた状態・・・即ち“同調”状態になったとき
トレーナーとポケモンの心の波長、現実的に表現するなら“脳波”がシンクロするので
その特定の“脳波”は、通常の状態に比べて極めて大きいものとなる。
“脳波”は本来、医療器具を用いないとまず観測できないが、“同調”における“脳波”変化は
医療器具を用いなくても観測できるほどに強力なものとなる。らしい。
“バトルレンズ”はその“脳波”変化量を感知すると、変化した人間を赤く写すという特性を持った
塗料層と、その色の変化をカモフラージュするためのカラーコンタクト層の2層構造である。
これによりトレーナーの絶対同調率(トレーナーが持つ相対的な“器”を満たす、同調率の絶対値)を計り
相手トレーナーと、ポケモンの心理状態を知って相手よりもより優位に立つという代物である。
(でも・・・あの婆さんの専門は、精神操作術だったはず・・・・・・
配下の科学者たちってのも、同じことを学んでいるんじゃないのか??)
当時の真ロケット団の技術開発部の末端に裏切り者がいたか、それともあの婆さんの専門である、
精神操作術、マインドコントロールによって情報を引き出されていた、利用されていたか。
どちらかは解らないが、なんにせよこの“バトルレンズ”の技術はあの老婆の専門分野ではない。
末端の裏切り者・・・あの老婆に従った者の心など理解はできないが、末端の心さえも掌握していた
カリスマ性の塊のようなあの男が一応は在籍していたあの真ロケット団で、そうそう裏切り者がでる
とは考えられない。やはり、マインドコントロールを受けて利用されたのだろうか・・・自分のように。
(いや・・・もう1つ、可能性があるな・・・・・・。)
様々な情報がブラックの脳内で整理されていく。そうやって頭を働かせていると、
ピンクは自分の腰掛けていたゆったりとしたソファの隣にゆっくりと座ると、静かに語り始めた。
その静かで儚げで、そしてなにより寂しさと辛さを帯びたその雰囲気に、ブラックは思考を一時中断して
彼女の語りだす言葉にそっと耳を傾けた。
「・・・アルトと私以外は、みんなの名前はコードネームみたいなもので、みんなの本名は知らないの。」
吹っ切れているような口調ではあるが、言葉の中には帯びている雰囲気が生きている。
いろいろと疑問が生まれてきたが、ここは静かに彼女の語りを聞く。
「いつも傍にいてくれた、グレイもそう・・・ブラウンのじいちゃんも、キミドリも・・・・・・」
自分はただ“敵”としての一面しか彼らのことを理解していなかったが、自分が殲滅に行く前までは
彼ら12人はあの古城でそれなりにコミュニケーションをとっていたのだ。
(内部崩壊寸前だったので、厳密には12人で、コミュニケーションをとってはいなかっただろうが)
ふと、彼女が先日してくれた自己紹介や発言を思い出した。
・・・“闇”の仕事をするようになってからは、両親とは連絡を全くとっていない。
ブラックは自分が打ち砕いたものを改めて理解した。これが、“戦う”ことの現実。
奪うこと、傷つけることしかできない忌まわしき自分の才覚。
「この瞳・・・なんだかんだいって、みんなとお揃いだったんだよね・・・・・・」
あのカラーコンタクトは戦術利用以外にも、“円卓の騎士としての証”であり
同時に“円卓の騎士同士の絆”を意味していた。
あの組織を編成するに当たって、“ウェポン”の原型になったのが“現神”アルトの[エクスカリバー]だとした場合
全ての騎士たちはアルトの模倣的な存在であり、その為にアルトと同じような特徴を持つ必要性があったようだ。
そう冷静に見解、考察してしまうとなんだか夢の無い話だが。
「本名は・・・知らなかったけど・・・私にとっては、今の生活になってからの“家族”だったんだ。」
寂しそうに声のトーンを落としてつぶやいたピンクに、場の雰囲気は一気に沈む。
“闇”に手を染めてから、両親に連絡できなくなってからの“家族”。・・・心が痛む事実。
だがそれ以上に、今までの彼女の話や、自分が知っている、知ったこと。を踏まえた時に
彼女たちが抱えている“闇”の大きさ、そして彼女たちがいる“闇”の深さに、絶望した。
あの老婆の真意が何なのかは未だに解らないが、今までの“家族”を奪い、記憶を奪い
“神”のごとき“力”を植え付け、統率される存在としての意思を植え込まれる・・・
人を人として思わない凄まじき“闇”の狂気が、彼女たち1人1人にはあるのだ。
「・・・オレが・・・・・・いるだろ?」
抱える“闇”への純粋な情・・・。それがこの言葉をブラックの口から言わせた理由。
“家族”を奪った張本人であるブラック。・・・しかし、彼はピンクに謝罪などしないし、できない。
もしも謝罪してしまったら、自分のやってしまったことが正しくないことになってしまうからだ。
これは傲慢な発想に思われがちだが、己の行動に責任を持つということはこういうことを意味する。
後悔は余計に感情を惑わし、話を余計にこじらせる。もしも謝罪してしまったら、自分自身以上に
彼女はダメージを受け、どれだけ心を不安に晒すのだろうか。それに、謝罪は何も生み出さない。
奪われたものを取り戻すこともないし、エネルギーにもならない。逆に謝罪をしないことにより
自然と相手を憎み続ける感情が発生し、自然と“憎い相手が謝罪するまで死ねない”という感情が生み出され
非常に歪な感情ではあるが、力強い精神力を得ることができるのだ。
自信と責任をもてない行動は人を惑わし、不幸を招く。
自分の下に人がついている場合には下の人間を一番不安にさせる。
「・・・・・・。」
彼女は何も話さなかったし、顔を下に向けたままで、その表情すら確認させなかった。
しかし、どこか前向きな感情を帯びた雰囲気が、沈んだ雰囲気を中和しているようではあった。
しかし、1ヶ月という短い期間でピンクの心をここまで開かせたブラックは素晴らしい。
我々が想像する以上の彼からの働きかけが間違いなくあったのだろう。
それもだが、やはりこの短期間で心を開くことは、感情的に難しいはずだ。それを補ったのが
おそらくこの2人の“謎の声”の主たちが何らかの働きかけをしている可能性が高い。
「そういえばさ・・・お前、13人目になるはずだったんだよな。」
「そぅ・・・らしいな。」
少し間をおいたが少姿勢も前かがみで、顔を下に向けたまま。
表情を見せるつもりは無いらしく、そのままの姿勢でピンクはそう話を切り出してきた。
ブラックは、少し彼女の反応に戸惑いながらも、せっかくのそう切り出してきた彼女の努力を
無駄にしないように、話をしっかりと聞く。
「“王”・・・」
一言・・・彼女はそう言った。その言葉にブラックの表情が真剣なものへと変化していく・・・。
あの老婆のノートを見た自分にとって、その“王”という言葉は重大なキーワードだ。
「確か、お前に与えられる予定だった二つ名が“王”を意味するんだよ。」
「それ・・・なんて二つ名だったんだ?」
与えられるはずだった二つ名・・・やはり、あの老婆は自分を“円卓の騎士”の1人の“騎士”
として利用するつもりだったらしい。・・・確か“支配者”に対抗する為に。
大きく、そして深い“闇”を抱える彼女たちの役目は、“支配者”への対抗。
もしかしたらそれは、この“闇”をも超越する光への道標なのかもしれない・・・
「・・・“覇王”。・・・・・・“覇王”ブラック。」
「“覇王”ねぇ・・・なんだか、大げさだなぁ」
年を無事に越して、昨年の年末に約束した初詣の待ち合わせ場所。
この神社は結構な人気スポットのようで、参拝に訪れる人たちの姿は一向に途切れない。
赤と白を基調とした振袖姿彼女の髪の毛は美しき金髪。なんという異文化交流。
それでもその金髪を普段しているポニーテールではなく、結っているあたり
なんとか振袖に容姿を合わせようとした努力が垣間見える。
そしてそれは同時に、今日という日を待ち望んでいた証拠でもあった。
「・・・レッドさん、まだかな・・・・・・」
見知らぬ顔ばかりの人ごみに不安を覚えて、待ち人の名を寂しそうに呟く。
実際に人ごみに対して不安を煽られたというのそうした理由の1つではあったが
それ以上に、人ごみの人たちがほとんどといっていいほど誰かと一緒に居る姿が目に映る。
それこそ自分よりずっとしたの年齢であろう子供たちから、ずっと年上の腰の曲がった老夫婦まで。
誰かと一緒に居ない自分が非常に惨めに感じて。自然とそう呟いたのだろう。
「イエローちゃんだよね?」
不安そうな顔で辺りをキョロキョロしていると、ふと2人組の男に声をかけられた。
どちらも染めた茶髪が似合っているようで似合っていない、チャラけた感じに気取った男2人だ。
好みにもよるだろうが、そんなに悪い顔をしていないし、むしろ若者らしいその容姿には
同じような年代として嫌悪感を覚えることは無い。
ただ、イエローはこういうタイプの人間を、少々苦手としていた。
「・・・は、はい。」
「うわぁ、カワイイ〜」
「話で聞いていた以上だよなぁ〜」
2人の男は簡単に自己紹介を交えながら、気さくにイエローに話しかけてくる。
イエローも人がいいので、その話に律儀にのって会話をしっかり成立させる。
でもそれは、待ち人を待つ間だけの時間潰し程度の考えでしかないし、それ以上の深い考えは無い。
そうやってしばらくその男2人と雑談をしていたが、次第に話題が尽きてイエローは再び
待ち人のことを思い出してキョロキョロと周りを探すような仕草を見せ始めた。
いつの間にか日も高く昇っており、初詣のピークの時間帯は過ぎて人ごみもだいぶ疎らになっていた。
「そういえば・・・」
イエローが不安そうにキョロキョロしながら呟くと
片方の男が何かを察したようで言葉を遮って話し出した。
「あっ、レッド? 俺たち今日、レッドの“代わり”にイエローちゃんと一緒に居るから。安心して。」
「・・・えっ?? レッドさん、来ないんですか?」
目を丸くして男を見つめるイエローだったが、逆に男2人のほうがその反応に驚いていた。
イエローはすぐに事実確認をしようとポケギアを取り出したが、そういえば、“今のレッド”の
エントリーコールを知らないことを思い出した。次にレッドの家へと連絡しようと思ったが
レッドの家に居るあの住人のことを思い出すと、なんだか掛けるに掛けられなかった。
「あれ? 聞いてないの??」
「はい・・・。」
しょんぼり答えるイエローに、2人の男たちは2人だけでなにやら相談を始めた。
レッドが来ないかもしれないという不安に加えて、2人だけの秘密の相談。
こうやって自分への対応を秘密に相談されるというのは非常に不安を煽る。なので
本当はこういう姿を相手には見せないほうがいい。本来ここに来てくれるはずだった彼なら
絶対にこういう姿を晒すことは無いだろう。仮に晒すことがあったとしても、それを巻き返す
安心感や愛情をその後に必ず与えてくれる・・・・・・
「・・・まぁ、いいじゃん。一応、一緒に行かない?」
予想を裏切られて不安だらけの言葉を聞くと、より一層彼に会いたくなる。
「レッドさんなら・・・」「あの人なら・・・」そんな言葉が何度も何度も頭に浮かんだ。
だが、強引な流れに弱い彼女は、誘導していく2人の男に逆らえない。
「・・・ふざけた男って罵られるかもなぁ・・・・・・」
ふと、現在のイエローの様子を想像していると、自然と口から言葉がこぼれた。
よくよく考えれば、別に放っておいたって彼女ならそれなりの相手を見つけられるだろうし
それ以上に、相手に困るはずは無い。 また、“女神”様を侮辱してしまったようだ。
「ん? お雑煮うまくない??」
「ううん。味噌風味のお雑煮ってのもなかなかイケるイケる。」
「それはよかったよかった。」
薄桃色の瞳と真っ黒な瞳がお互いを映しあう。
“女神”様は自然と幸せを引き寄せる。仮に引き寄せられなかったら引き寄せ“させる”が
瞳に映る薄桃色の存在は、失礼だがどうにもそういう感じがしない。
自然と誰かが傍にいてあげないといけない・・・そういうオーラがにじみ出ている。
あの、常時一緒にいた大柄の男“鋼鉄”のグレイもそれを感じ取っていたのだろうか。
いや・・・彼の場合、もっと深い部分に理由があるのでは。と考える。
「人を守る為なら、“嘘”もありだよな・・・。」
味噌風味のお雑煮の汁を飲んで、ブラックは問いかけではなく、言い聞かせる口調でつぶやいた。
たとえ彼女を“嘘”で傷つけても、“これから”を思えばその程度の傷で済むことが救い。
よくよく思い出してみれば、以前もそうした訳で。
彼女が傷ついたのは、“嘘”がバレたのが原因で。
だが“嘘”というのは、突き通せれば“もう1つの真実”へと変化する・・・。
彼女には幸せでい続けてほしい。なぜなら幸せが似合う彼女だから。
女神様には神々しき光を放つ、気品溢れる幸せがよく似合う。
稀な例を除いて、大体は相応しい形に綺麗に収まる。そういう風に世の中はなっている。
ただ・・・それでは悔しすぎる想いが、右手には刻まれている・・・・・・。
歩み始めた進路・・・その心に秘めるものは・・・・・・
第31話(後編)へ・・・