本の先に“金髪の美女”・・・・・・しかし、漆黒の瞳が見つめる先は・・・・・・
偶然なのか、それとも相対的な運命の内では必然か。
薄れ始めていた青年の想いを繋ぎとめるように、その女は現れた。
なんだか気まずい雰囲気が、漂い始める老婆の自宅の庭先で。
男と女は見つめ合い、そしてそれを老婆が見つめる・・・
本が導いたのか、この運命。見つめ合って動けない2人。
進む者、追いかける者、託す者、託した者・・・
3人だけの場所に4人分の意思。
何かが始まるこの場所で、運命は確実に加速し続けていた。
PAS Chapter3 第30話 “意思の向く先”
日曜のクリスマスイブ・・・恋人たちにとっては最良の日か。
太陽は出続けていたので、この時期にもかかわらずぽかぽか陽気。
きっとこれは、太陽が祝福でもしているのだろう。
完全に見つめ合ったまま硬直する2人。それを老婆はじーっと見つめる。
どちらの瞳の、そして心の中に真っ先に浮かんできた感情は“驚き”であったが
時が流れるに連れて、2人の感情違うものになった。
男の瞳には、光が薄れて、“きまずさ”のようなものが広がってきており
女の瞳には、薄っすらと涙が浮かび“喜び”のようなものが広がっていた。
「私は先に行ってるわぁ。」
「・・・あ、あっ・・・オ、オレも・・・・・・」
“今の自分は史上最高に情けない。”と思いながらも、ブラックはイエローに背を向けてウミ婆さんについていく。
実際そうなのだが、それ以上に、自分の下した、いや、自分の“下しつつある”決断が揺らぐのを避けたかったの
かもしれない。そう、それだけ彼女、イエローという存在が、ブラックの中では薄れつつあったが
間違いなく大きく、大切な存在である証拠なのだ。
「・・・レッドさっ!!」
その姿をみたイエローは、半ば反射的にブラックに、いや、レッドに手を伸ばした・・・
「・・・・・・・。」
はたして本当に自分は彼に手を伸ばしてもいいだろうか?
空白の2年間のことを思えば、今になって彼を求めるというのは少々虫が良すぎるのではないだろうか?
そんな疑問が彼女の手と身体、そして中途半端に言葉を止める。
それは同時に、彼を引き止められないということでもあった。
ぽかぽかの陽気を造っていた太陽が、大きな雲に隠れて少し肌寒い空気があたりに広がった。
とことこと先に進み始めたウミ婆さんについていったブラックだったが、玄関から土間へと入り
そこでウミ婆さんがしっかりと屋内に入ったことを確認すると(無論、手を貸したりしている)
小さく深呼吸をして再び玄関から外へと出た。そしてそこで遅れてトボトボ歩いてきた金髪の彼女。
しかも、歳に似合わないが、容姿には似合うポニーテールの彼女を待った。
史上最高に情けないままでは、いつまでたっても成長など見込めないし、変化も進歩も無い。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
お互いに無言。でも、その無言にこめられている感情は別。ぽかぽか太陽が雲から顔を出した・・・。
ブラックは別に彼女の手を引くわけでもなかったが、彼女と平行して歩きながら彼女を連れて
ウミ婆さんの家へと再び玄関から入っていく。
「・・・奇遇、ですね・・・・・・」
「あ、あぁ・・・そ、そう、そうだな。き、奇遇だな、奇遇。」
なんだか不自然な会話から感じ取れるよそよそしさ。再び太陽が雲に隠れたがブラックは
特にそれを気にも留めなかった。・・・というよりも、太陽が覗き込んでいることを知らないのだろう。
“自分はもう太陽を浴びれる人間でない”という自己完結の結果がこれなのだろう。
「イエローちゃんはいつも通りにお願いねぇ・・・レッド君は・・・・・・こっちへ。」
老婆の自宅の居間、ここで2人は別々の道を歩む。たぶん、いや、確実にもっと2人で何か
話すべきことも、することもあったはずなのだが、まるでそれをさせないように事は運ぶ。
それは一見、老婆の責任のように思えるが、実際のところ、太陽に気付けない今のブラックの瞳では
何ら意味の無いことなのかもしれない。
「・・・・・・。」
老婆に着いて行く青年の背中をじーっと見つめるイエロー。
少し、いや、大分痩せ始めている青年の姿はどこか哀愁漂うというか、切なさと悲しみを覚えてしまう。
その背中には、今まで見て憧れ続け、そして実際に触れ合ったあの暖かな温度を感じ取れない。
何故か不安ばかり感じ取ってしまう・・・
「・・・さて・・・仕事、しないと・・・・・・」
1人きり、誰に聞かれるわけでも、聞いて欲しいわけでもないが
寂しく居間で意味もなく呟くとキッチンへと静かに向かった・・・。
「資料はこの部屋の中よぉ。」
語尾に母音が出るような、優しく、ゆっくりと老婆は話す。ブラックが普通に話す速度の半分以下の速さだ。
老婆に案内されて行き着いたのは廊下の終端にある部屋の扉の前。木製の扉に金属のドアノブと
非常にありきたりな普通のドア。ただ、ドアから、そしてドアの先から臭う古臭いニオイが少し気に触る。
アンティーク好きなら長時間滞在できるかもしれないが、自分には少し向かないだろう。
「・・・資料を見る前に注意事項とかはありますか?」
「どの資料を見るのも勝手だけど、“基本的には”私の監視下で見てもらうわぁ。」
その理由を聞いてみたかったが、一々気に留めることでもないだろうと思い、ブラックはうんうんと頷いた。
ここに来るまでに老婆と腹の探りあいをした訳だが、相手の年齢のことを考えると、長時間、神経をすり減らさせたら
失礼な話だが寿命に響くかもしれない。それに、一度得た信用を失うような疑りをかければ、チャンスだって失う。
「後はぁ・・・資料に関する質問も一切受け付けないわぁ。」
老婆の提示したこの条件も、今のブラックにとっては呑まなければならない条件。
しかし、逆に考えればこの老婆は何か資料に関する重大な事実を知っているということでもあるように考えられる。
ブラックは黙って頷くと、ドアノブに手をかけてゆっくりとそのドアを開いた・・・・・・
古めかしいホコリの臭いが部屋を満たし、ドアを開いた影響で部屋にホコリが舞い上がる。
ホコリたちははめ殺し窓から差し込む淡い日光を浴びて、まるで幻想的な粉雪のように
どこかキラキラと輝くように、部屋にふわふわと浮遊している。
「主人が無くなってから、一度も開かなかったからねぇ。」
部屋に入ったブラックの背後で、部屋に入らなかった老婆の遅すぎる忠告が聞こえたが
ホコリを吸ってしまい咳き込んでいるブラックにそれは聞こえたのだろうか。
ゴホゴホと咳き込みながら、グローブを着けている右手で口周りを抑えてこれ以上
ホコリを吸引しないように気をつけながら、ブラックは部屋の様子に注意深く観察する。
はめ殺し窓(開閉できない、直接窓枠にガラスをはめ込んだ窓のこと)が取り付けられた
壁に向かって大きく、そして贅沢な造りの木製の大きな机。そしてこれまた座らずとも
そのフカフカ感とギュッギュッと革の感覚が伝わってくる立派な肘掛のついた革の椅子。
机の上には沢山の書籍やノート、そしてメモ書きが散乱し、その何れにも、そしてその
贅沢で立派な机と革の椅子にも、分厚くホコリがたんまりと積もっている。
今度は部屋全体を見回す。机からそんなに動かなくても直ぐに目的の本が取り出せるように
近く、それでいて作業の邪魔にならない位置に置かれた大きな本棚。その本棚には無駄に分厚く
誰も読まなそうな百科事典や辞書、そして歴史書や物理学等の専門書がみっちりと詰められている。
本棚は椅子に座り、机に向かっているとすると右手側に。その逆、左手側には特に何も無く
広く空間を取ってある。そして壁にはカーテンに遮られて一般的な引き違いの窓。
しかし日が差し込む方向ではないので換気の役割で取り付けられたものだろう。
カーテンはおそらく気分・・・いや、外からの視線や監視を警戒していたのかもしれない。
「・・・書斎・・・ですよね?」
「えぇ・・・そうよぉ。」
ブラックは会話を持ちかけておきながらも、どんどん部屋の奥へ踏み込んで行き
机の上に置かれたノートやメモ書きを手にとって、書かれている文字を表面上
チラチラと見ながら机全体を見ていく。メモ書きは長い年月の間、日の光に晒され
ていたのでほとんどそれに書いてあることは色あせて読むことができないが
ノートは表紙に近いページだけが変色しただけて、まだ情報を十分に得ることができる。
そうやって机の上を見ていくブラックの目に、1枚の写真が目に入った。
そこには今の自分と同じくらいの年齢と思われる、スーツを着た目の細いの青年と
若く、そして美しく、ワンピースを着用した女性が2人だけで仲睦ましく写っている。
これも日光で大分色あせて、元はカラーの写真だったと思うのだがセピア色へと見事に変色していた。
「ご主人は、ずーっとウミさんのこと好きだったんですね。」
「・・・照れるわねぇ。」
後ろから聞こえてくる老婆の声はどことなく嬉しそうだ。しかし、先程と聞こえてきた
声の大きさにあまり変化が無いことに気付くと、老婆は未だにこの部屋に入ろうとしていない
入って来ていないようだ。老婆のその行動の理由を頭の中で色々と考えながら、
ブラックは手に持ったその写真を元の場所に戻そうとした時、ふと、あることに気付いた。
(あれ・・・この写真・・・・・・2枚ある??)
老婆と亡くなった主人の若い頃の写真の下。何となく触ってみて手触りで気付いたが
この写真、裏にベッタリとくっついてもう1枚写真が存在している。よく、圧力をかけた
状態で写真を保管するとこうなってしまうのだが、ブラックはその裏側に張り付いてしまっている
写真が気になったので、ベリベリと慎重に2枚の写真を1枚と1枚に分けていく・・・
そして・・・・・・
「・・・ウ、ウミさん・・・この写真の人って・・・・・・」
「資料に関する質問も一切受け付けないわぁ・・・。ただ・・・・・・」
ベリベリはがした写真に写されていた人物に、ブラックはただただ驚愕していた。
震えでガチガチと歯がなる。それほどの衝撃的な現実。自分の想像を遥かに超えて
その写真に大きく写っているどこか見覚えのある青年の姿にブラックは驚愕しかできなかったのだ。
「・・・あなたが一番よく知ってると思うねぇ・・・・・・」
「・・・サカキ・・・・・・?」
ブラックは写真に写っていた人物に対してその名を呟いた。
確かに、ある程度はこういう予想もできてはいた。可能性は十二分にあったのだから。
“あの本”を入手していたこと、故郷がここトキワシティであること。そしてなにより
闇の世界の住人として、様々な情報を自由に得ることができる立場であったということ。
この3点から、サカキがこの老婆、ウミさんと出会っていたことは十分に考えられる。
そう、ここまではブラックも十分予想の範囲内だ。
では、何に驚愕したのか・・・・・・それは・・・・・・
(・・・今のオレより若い、いや同年代くらい・・・・・・か?)
その写真に映し出されていたサカキの姿から感じ取れるのは、“若さ”。
自分が知っている40代の中年男の印象はそこには無い。青春を謳歌するサカキ青年の姿が
しっかりとそこには写っている。そして写真の中のサカキ青年の視線と写真に撮られた被写体の
サイズから、これはサカキ青年が自分からその姿を写真にとらせた、または写真をとってもらったものということが解った。
どういうことかというと、このブラックの発見したサカキ青年の写真のサカキ青年は、カメラに向かって正面を向き
不敵な笑みを薄っすらとだが浮かべていたからだ。
そしてこの写真、サカキ青年と彼のポケモンであろうスピアーの姿が一緒に写っているだけで
それ以外の風景やモノを被写体としていない・・・これは間違いなくサカキ青年を主として写した写真・・・
(さっきのウミ婆さんの言葉が正しいなら・・・既にこの頃にはある程度の情報を入手していたのか?)
瞳はその写真を見つめたまま動かない。漆黒の瞳は写真に貫くような視線を向ける・・・
若かりしサカキ青年だが、その瞳と表情にみなぎる野心。そして全身から溢れ出る自信。
仮にこのサカキ青年が自分と同年齢だとした場合、彼の抱く“野望”のデカさは“人”を大きく超越している。
この年代・・・20代という年齢ならば、未だ抱いているのは“夢”であることが多い。
だが彼は、その“夢”ではなく“野望”をその内々に秘めている・・・
これはあくまでも管理人のニュアンスだが(辞書的な意味では無いので注意)
“夢”は「目指す道すらもあやふやで、届くかどうかもわからない果てしなき目標」
“野望”は「目標に到達するまでの手順や道のりがある程度見えており、それを元に目指す大いなる目標」
管理人はこう認識している。
また、“夢”は万人が見るものだが、“野望”は基本的に“野心”から発生するものであり
“野心”は辞書的な意味通り「身分不相応な高望み」を意味するので、即ち、“野望”は
富裕層の人間があまり見たり、考えたりするものではない。“成り上がる”ことを目的とした者が“野望”を抱くのだ。
(・・・・・・!!!)
確信ではないが、ブラックの仲で確実に話が1本の線で繋がり始めた。
この写真が撮られた、または撮らせたのがロケット団結成前で、
ここにある情報を得たが為に、ロケット団を結成したとしたら・・・
ただ、この可能性を肯定するにも、否定するにもこの部屋に残された
資料たち全てに目を通さなければならないことは間違いなさそうだ。
「何者なんですか、ウミさんは・・・?」
ため息を1つ吐いて、ブラックは未だに部屋に入って来ず、ドアのところでコチラを見つめ続けている
老婆に話しかけた。ただ、話しかけたといっても、身体を向け合うわけでなく、ブラックは資料を
探し、集めながら机の方を向き、老婆はそのブラックの背中を見つめている。はめ殺し窓から差し込む
太陽の光がすぅっと弱くなった。おそらく、雲にでも隠れたのだろう。ほこりだらけの書斎はぐっと暗くなった・・・。
「“ルシエ・R・ヴェルディーク”・・・とある国の言葉で、“真実の追究者”。」
「・・・・・・何を知っているんですか・・・“真実の追究者”は?」
「・・・何も知らないのぉ・・・・・・主人も私も、追求と保存しかしていないのぉ。」
「“追求”したのなら、多少、自分なりの結論がでたと思うんですが・・・?」
顔を見せ合わず、ただ冷たい言葉を熱い感情の昂った声ではなす。
だが、その勢いは圧倒的にブラックの方が勝っており、老婆はそれに飲み込まれて心の奥底にまで切り込まれた。
その冷たい声と言葉の中には、熱い情熱と何やら怒りのような感情が。本当はそうして言葉に秘める
感情で真っ直ぐ追求したのだが、そこは“大人”として多少冷静になっている。
「塵以下の情報を繋ぎ合わせるだけでも、この歳なのよぉ。・・・論なんて纏められないわぁ。」
「・・・・・・。」
老婆の全てを伝える言葉から伝わってくる感情に、ブラックは口を閉じた。
本当はいろいろと言葉が浮かんだ。もっともっと厳しくて、冷たくて、自分の目的しか見えない
“情熱”という刃のついた言葉をぶつけたいのだが、老婆の遠くを見つめる目を見ていたら
なぜか心に切なさと悲しみがこみ上げてきて、言葉が作り出されることは無かった。
それだけ、老婆の言葉には悲しみが溢れていたのだ・・・・・・
(何を焦っている・・・その気持ちは解るけど、焦りは逆に進路を見失うだけだ。)
そう自分自身に必死に言い聞かせて、心に完全な冷静を取り戻す。
その間、このほこりまみれの書斎は静寂に包まれた。
太陽が雲から顔を出す・・・・・・
「・・・・・・亡くなったご主人は、いつからこの資料たちを?」
ブラックは老婆の方へと振り向くと、柔らかい表情で老婆を見つめながら言葉を話し始める。
その暖かく、心の扉をノックするような優しい温度と語調と勢いの言葉と、先程の酷く冷たい
言葉を比べると、どうしても同一人物とは思えない。
「主人は、記者だったのぉ・・・あなたみたいに熱い人で、何回、別れよう、忘れようとしたわからないわぁ。」
しばらく間をおいてからブラックの心のノックに応じたウミ婆さんは、そう優しく、そしてどこか皮肉をこめて
語り始めた。「あなたも気をつけてねぇ」と付け加えられたが、そこは苦笑いで返すしかなかった。
ブラック自身、自分はそんなでもないと思っているからだ。
「この資料たちは、そんな主人が半ば一生かけて集めた資料たちなのよぉ。」
ウミ婆さんはここで始めてほこりまみれの書斎に足を踏み入れた。そしてゆっくりと
部屋の隅々まで見渡すようにぐるりと周囲を見た。
「子供は情熱に時間を取られ過ぎて、できなかったけどねぇ・・・。」
ここで浮かべたウミ婆さんの笑みは、残念そうだが辛そうではない。
きっと、これが“夫婦”というものなのだろう。太陽は雲から完全に出てきたようだ。
窓から差し込む日光が部屋を暖めると、それを背中にもろに浴びるブラックの表情は
ウミ婆さんよりも明るい目を細めた優しい顔になっていた。
「・・・あの・・・お茶でも・・・・・・・」
しばらく、資料の探索を中断してウミ婆さんを書斎の椅子に座らせて楽しそうに話をしていると、
そこに申し訳なさそうな声で、彼女がやって来た。ドアは開けっ放しになっていて、そこから
彼女の姿がしっかりと見える。薄っすらとそして淡い感じの赤色をしたエプロンがよく似合っており
そしてその手には急須と熱々の緑茶が注がれた湯呑が2つ。どうやらウミ婆さんとブラックの分らしい。
イエローの登場にブラックは咄嗟に集めておいた資料を隠そうとしたが、こういう場合、逆にそういう
動作が人の不安や探究心を高めてしまうと知っているので、隠すのは一間おいてからだと資料から手を放した。
「じゃぁ、年寄りは去ろうかねぇ・・・」
「えっ、ちょっ・・・」
ウミ婆さんは、本当に70代の女性の動きなのだろうかと疑いたくなる位の素早さで部屋から出ると、
バタンとわざとらしく大きく音を立ててドアを閉めた。そうして部屋に残ったのは見事に2人だけになった。
(あの婆さん、“真実の追究者”云々の前に、やっぱただモンじゃないな・・・)
後頭部をガシガシとかきながら、とりあえずイエローの持っているお盆のお茶でも貰おうと
平然を装いながらイエローに近づいた・・・。
「おっ、サンキュー」
そういいながら、お盆の湯呑をグローブの右手で掴んだ瞬間、腰に常備しているボールホルダーがはじけた。
その衝撃はそこまで大きくないのだが、勢いよく身体を前にのけぞらせることにはなった。
(ちなみにこの衝撃は、そのはじけ出てくるポケモン等の質量と、その外に出ようとする力の総和に等しいので
カビゴンやイワーク、バンギラスやホエルオーといった大質量のものが出てきた場合は、相当な力となる)
ブラックはその衝撃のままに腰だけが前にのけぞり、遅れてやってきた上半身の勢いに連れられた頭が
イエローの脳天目掛けて思い切り“ずつき”を放つ。
「おゥッ!!」
「ゴッ!!」という非常に鈍い音の後、奇声を上げたのはブラック1人だった。
普通なら“された”イエローの方がそういう声をあげるはずなのだが・・・
(事実上はそうであるが、実際のところブラック自身も自らの意思に関係なくしてしまったので
その痛みは想像を絶する。いわゆる“ずつき”というのはある程度、その技を仕掛ける側に覚悟が必要で
覚悟無くやった場合、突然の痛みと衝撃で失神やムチウチ症を引き起こすことがあるので注意してほしい)
「痛っタタタ・・・・・・レッドさん、だ、大丈夫ですか?」
脳天のあたりを両手で抑えて逆にレッドの、ブラックの心配をするイエロー。
イエローはそこまで被害を受けてはいないようだ。だがしかし、手に持っていたお盆と湯呑は
床に落ちてしまい、お茶が床を汚している。幸い、陶器の湯呑も割れずに済み、
お茶を拭き取ればなんとか片付きそう・・・だったのだが・・・・・・
「えっ・・・レ、レッドさん?!」
イエローが叫ぶと同時に、ブラックの身体はふらりと力なく、そしてゆっくりと。
バタンと大きく、そして衝撃で床や周囲のほこりを舞い上げて仰向けにぶっ倒れた。
白目をむいて倒れているブラックを、あわてながらも介抱するイエローの様子を
じゃれあうピカチュウ2匹がまるで人事のように見ていた・・・
ポカポカの太陽が窓から差し込んで、部屋の温度はまるで春のよう。
しかしこれが本当に太陽の引き起こしたポカポカ陽気なのか(現実そうなのだが)、
それとも2人に本来流れるムードがそうさせたのか。
綺麗に拭かれた床の上を2匹のピカチュウがトコトコと駆け回る・・・
「・・・あっ・・・ッ・・・・・・グッ・・・あぁ・・・・・・ッ」
「あっ、レッドさん!! 大丈夫・・・ですか?」
心地よさと、鋭い痛み。同時にそれを体験しながら、ブラックは意識を取り戻すと
一番痛んでいる額をグローブの右手で触り、そこにできた大きなタンコブを
腫れ物に触るように(タンコブも一種の腫れ物だとは思うが)おっかなびっくり触れる。
イエローは“レッド”のその様子に安心してやさしく語りかけた。
「よかった・・・。」
イエローは心底安心したようだ。文字通りホッと胸を撫で下ろしている。
ブラックにはそのイエローの胸の動きが間近に見えていたので、ことさら
その安心具合がよく理解できた。イエローの胸の辺りがこんなに間近で見える
ことに疑問と違和感を覚えながらも、自分の胸元にトコトコと登ってきて
顔に近づく黄色い2匹に視線を移した。
「ピカ・・・お前なぁ」
ガシガシと少し強めにグローブの右手で、黄色い2匹の片割れの頭を撫でたのだが、
逆に主人のその行為に喜んでしまい、キャッキャッと悶えて喜ぶ。その喜びを見たもう片方の
頭に花の飾りをつけているピカチュウの頭も、ブラックは開いている左手で撫でてあげた。
この時はピカにやったような力強い撫でではなく、優しく、毛並みを整えるように撫でる。
すると、撫でられた花飾りのピカチュウも、ピカほどではないが喜びを身体の動きで表す。
2匹の様子(特に自分の手持ちの方)に、ブラックはため息を吐きながらも、目をにっこりさせて
頭を撫で続けてあげた。
ふとここでブラックは、先ほど感じた疑問と違和感の正体に気づく。
どうやら自分の体勢は仰向けで寝そべっている状態で、あるようだ。
その証拠に2匹のピカチュウは自分の胸にトコトコの足の感触を伝えているし、
2匹の先には自分の靴下を着用した足がしっかりと見える。
では、先ほど会話したイエローの姿はどこにあるのだろうか。
今、自分がまっすぐと視線を向けるとイエローの、相変らずお世辞にも大きいとはいえない、胸元が見える。
その状態から少しだけ視線を自分の胸のほうへと動かすと、
覗き込むように自分の顔を見つめてくる彼女の顔がはっきりと見えた。
ここまで至近距離で彼女と見詰め合ったのは本当に久しぶりだ・・・・・
(そうじゃなくて・・・!!!)
ブラックは自分の状況が完全に理解できた。
寝そべった状態の自分の身体、視線の先に移るイエローの胸元と、覗き込んでくるイエロー。
そしてなんとなく後頭部の方から伝わってくる人の温もりと抱擁感・・・。
どうやら自分はイエローに“膝枕”されているようだ。
しかも、イエローの両足が同じ方向に流れているタイプではない。
いわゆる“女の子座り”状態で、その真ん中に自分の頭がおかれ、優しく両膝で枕を作られている・・・
「おわっ!! 悪ぃ・・・すぐ、起きるから!!!」
「じっとしてなきゃダメです!!!」
照れと申し訳なさが一気に全身を駆け巡り、すぐにこの体勢をどうにかしようとしたが
イエローの一言にその動きは止められた。その声に動きを止められたのは自分だけでなく
胸でまだトコトコと動き回っていた2匹のピカチュウたちもそうだ。
「おっ・・・お、おぉう。」
稀に見る彼女の強い語勢に気おされて返事もなんだか変な感じになってしまった。
この家に入る前からといい、なんだか今日は情けないところを彼女に見せっぱなしだ。
そんな彼女の“顔の方向を”まっすぐ見つめて、彼女の言葉を待った。
「しばらく、こうさせてください。」
見つめ返してきた彼女の“瞳の方向”をしばらくじっと見つめると、ブラックは柔らかく笑った。
「・・・・・・うん、わかった。むしろ、お願いします。」
ブラックの言葉と笑顔につられたのか、イエローは満面の笑みをブラックだけに見せる。
それをブラックは真正面から受け入れて笑顔で見つめるが、一瞬、冷めたような瞳で
イエローを見ると、ピカを撫でていたほうの手でポリポリとこめかみの辺りをかいた。
ここで、2人に起こった現象を説明しよう。
腰のボールホルダーがはじけたとあるが、厳密にはそこにホールドされていたピカの入った
ボールがはじける=出てきた。というわけだ。その衝撃でブラックは思い切り体勢を崩し
イエローの脳天に“ずつき”をすることになったのだが、偶然にもこの時イエローのボールホルダー
でも同じ現象が起き、そこから頭に花飾りをつけた彼女のピカチュウ チュチュが飛び出したのだ。
彼女もまたブラックと同じように体制を崩し、ブラック目掛けて“ずつき”を仕掛けることに
なったのだが、20センチ以上の身長差があるこの2人が額と額をぶつけ合う“ずつき”になることはなく
結果、イエローの動く頭に(額よりも頭のほうがはるかに固い)ブラックは額を強打。
そしてそれは殴られた以上の衝撃をブラックに伝えて、彼の脳が揺れて彼は気絶。
イエローは頭で受けることができたので、ブラックほどのダメージにはならず、
そんなことを知らないピカとチュチュの2匹はのんきに再会を喜んでいたというわけだ。
「・・・私のことなんか、忘れちゃってました?」
「なんで? イエローのこと、忘れるわけないよ。」
真冬なのにこのほこりっぽり部屋の中は春のようにポカポカで、なんだか眠たくなるような陽気。
その中でどう見ても新婚の夫婦か恋人同士の男女2人が、膝枕の状態でのんびりと語らっている。
2匹のピカチュウもお互いに寄り添いながら耳をヒョコヒョコ動かして主人たちの話に耳を傾けた・・・
「最近、ずーっと会えなかったですし・・・それに・・・・・・・」
言葉に詰まりながらどこか辛そうに。イエローの悲しいという感情が高ぶって
いくのが声を聞いていればよくわかる。ブラックはそれを笑顔のままで聞きながら
ヒョコヒョコ動くピカの耳を時より弄っている。
「・・・・・・。」
言葉を完全に詰まらせたイエロー。
続く言葉を待つブラックはなんとなく事を察して、大きく伸びをして一つ、息を吐いた。
「他の男と一緒に居た私になんか興味ないですか。って?」
その一言にいろいろな衝撃がイエローを襲い、一気に彼女が錯乱しそうになるのが
間近で彼女を感じているブラックにはよくわかった。別にいじめるつもりはないが
もじもじされるよりかは前に進んだほうがいい。そう考えたのだ。
「なんで知ってッ!!!・・・それに・・・・・・なんで・・・・・・」
「・・・まさか、お前そんなことを今までずっと、本当に気にしてたのか?」
ブラックはショックを受けているイエローに悪いと思いながらも
自分自身を襲ったその事実への驚きのあまり、思ったことをそのまま口に出していた。
「“そんなこと”って!! 私がどれだけッ!!!!!」
感情が最大限に高ぶったイエローの叫びを、間近でビリビリ感じた。
2匹のピカチュウたちは、普段温厚な彼女のそんな言葉に驚いてキョロキョロしている。
ブラックは流石に酷かったか。と思いながらも、この際全てを、あの時、
空白の3年間へと繋がるあの時、自分がいったい何を考えていて、そして
イエローにどうなって欲しかったのかを告げる必要があるだろう。
ここで全てを言ってしまおうと思った。その理由の1つとして、今日という日を逃したら
おそらく、彼女と会うのはしばらくなさそうに感じたからだ。
自分の感覚は大方当たるし、仮に外れたとしても感覚通りに突き進む。
そして感覚が叶わないならば、それに近づけ、切り開き、自分の信念の道を進むのは
レッドとしても、ブラックとしても、共通する彼の性質だ。
「まぁ、実際にそうなってくれてれば、オレ的には嬉しかったんだけどね。」
その一言に、イエローの昂っていた感情が一気に冷めて、心に鋭い刃物がグサリと音を立てて刺さった。
それも深く抉るように、鋭く、痛く。
一気に暗くなる表情と声、心なしか外の天候も徐々に曇ってきているように思える。
「・・・やっぱり、私のこと、・・・嫌いだったんじゃないんですか・・・・・・?」
彼女にとってのもしかしたら長年の疑問だったのかもしれない。心の奥底、ひねくれて
歪んだ感情に満ちたその言葉は、まるで突き刺された心への報復と言わんばかりの痛みを帯びている。
「いやいやいや。悪いけどオレ、お前のことを好きでいられなかったら普通に死んでたから。」
イエローの痛みを帯びた言葉も、ブラックにはたいしたダメージにはなっていない様で
逆にブラックは、そのダメージを凌駕する衝撃を秘めた言葉でイエローの“顔の方向”を
向いて柔らかい笑顔を崩さずに語りかけ始めた。
思い起こせば、2人が別れたその後のブラックが乗り越えてきた数々の死闘。
これを乗り越える心の支えになったのはイエローの存在であったことに間違いはない。(途中からそれは変化していったが)
ちなみに長期にわたる苦難の乗り越え方として、“心の中で信じる何かを思い続ける”ということを
伝え、実際に(結果的に)取り組ませたのはサカキである。
「そのこともひっくるめてだけどな・・・」
依然、イエローの“顔の方向”を向く視線。まるで貫くようなとにかくまっすぐなその視線にとらわれて、
イエローはただただ、ブラックの瞳を見つめ彼の言葉を聞く事しかできない。口も開くことができないし
話そうという意思も持てない。彼の直線的な眼力に完全に心を奪われてしまっていたのだ。
「イエローは逆に経験積んで、すげぇ魅力的になったよな。」
表情をニッコリ笑顔にすると、その笑顔だけでイエローの心をとらえる。
10代の頃に持っていたあの熱い心と元気な若さと明るさも持ち合わせていながら、
どこで身につけてきたのか、心や瞳、そして身体全体からにじみ出る、怪しさすら漂うのに
暖かい卑怯な程のカリスマは、人の心を離さない。
(だがこういったものは、人を統率する立場にある人は当然のように持っているものであったりする。)
さて、ブラックの言葉通り、イエロー本人は気付いていないのかもしれないが、ブラックの目に映る
イエローの姿はブラックが見てきた中で一番家庭的で、優しさや暖かさを全身からあふれ出させている。
それに加えて、家政婦という職種ゆえに奇抜なファッションや、流行をあまり取りえることのできない服装なのに
どこか彼女の服装は、“可愛らしさ”を無条件でアピールしてくる。しかもその“可愛らしさ”には嫌味やわざと
らしさが無く彼女にピッタリな服装で、そうでなくては逆に不自然と思わせるくらいに自然な服装に仕上がっている。
古くからある言葉を持って説明するなら、きっとイエローは気質も含めて“大和撫子”というものに違いない。
「生きてきたことを後悔することはない。イエローが綺麗になったことに変わりはないだろ?」
「・・・・・・ッ!!」
真っ直ぐにイエローの瞳を射抜いているように思えるその視線は、イエローの視線を奪って放さない。
言葉以上にその視線と表情、そして行動で頬をというよりも、
顔全体を真っ赤にしていくイエローだったが、彼の視線の先、意思の向く方までを捉え切れていない。
いや、彼がそうさせないのだろう。
その証拠に、笑顔をしながらもブラックは、目だけを時より変化させて、イエローの様子や存在を
何度も冷静に、そして客観的な視線で確認している。
「・・・よく、そんなことが簡単に言えますね。」
照れ隠しで言った真っ赤な顔のイエローの一言に、ブラックはこう返す。
「本当のことだから、しょうがないだろ?」
いつからだろうか、ポカポカ太陽がまた暖かい光を窓からホコリだらけの書斎に届けてくれている。
書斎にも、心にも光は差し込んだが、依然進路は暗く、暗中模索。
気付き進んだ者と、それを追って進み始める者。
進路を見つめる瞳には、美しき太陽もただの通過点にしか過ぎない。
暗すぎる進路を進む為か、それとも運命の為なのか。
青年はなぜか切れぬ絆を考えた・・・・・・
第31話(前編)へ・・・