「レッド、今行く!!」
未だ降り止まぬ豪雨の中で、青年の親友であるグリーンは傘を投げ捨てて走り出した。
必死の形相を浮かべて前へ前へと進もうとするが、身体は2人の騎士との戦いで傷つき
当人は走っているようでも傍から見れば身体を引きずって歩いているようにしか見えない。
そんな痛々しい姿を見せるグリーンの前に、黒い傘を差したあの男は悠々と立ち塞がった。
「どけッ!!!」
「彼が敗れたんです・・・あなた程度が何をしようというのですか?」
あの男は声の調子を一切変えることなく冷静に、そして淡々と言葉を話した。まるで目の前で
起きたことなど当然の結果と言わんばかりの冷静ぶりで、一切の感情がこめられていない。
男のその言葉と、声の調子は感情的になっているグリーンの感情を煽るには十分すぎた。
「貴様には関係ないッ!!」
雨音や雷鳴にも負けない大声を張り上げて、倒れている親友の元へと向かおうとするグリーン。
右腕であの男を払いのけ、何が何でも無理矢理にでもそこへと向かおうとする。
しかし・・・
「・・・グッ!!」
痛みと衝撃でグリーンの呼吸が突然止まると同時に、口から思わず声が漏れた。
身体を払いのけられて1秒としないうちに黒いズボンの膝小僧が彼の鳩尾に突き刺さったのだ。
これを受けて前かがみになり、うめき声を上げているグリーンの延髄目掛けて思い切り踵を落とす。
ここまでの一連の流れからこの男が只者ではないことが誰もが容易に想像がついた。
泥で汚れた黒い革靴の踵の一撃にグリーンはそのまま地面に叩きつけられて、今度は声一つあがらない。
遠くでその一部始終を見ていたブルーは、口を手で押さえて恐怖にただただ震えていた。
「ケガ人を痛めつける趣味は私にはありませんので、こういうことなるべくやらせないでください。」
地面にうつ伏せで倒れるグリーンに優しい口調の言葉と大粒の雨が降り注ぐ。
グリーンはそのまま動かず、泣いているのかプルプルと両腕を震わしている。
そんなやり取りを一切気にせず水神は戦場を去っていく。去り行く後姿はこの冷たい大雨によく似合う。
雨は一向に降り止む気配を見せず、雷も止みそうにない。しばらくは降り続けるのだろうか。
そんな中で微かに聞こえる男達の声は、ケガ人の発見を黒い傘の男に伝えている。
泥に埋もれた1つのボールが、カタリと静かに揺れた・・・
水神に破れ、心臓の鼓動は止まり、医学的に、生物学的に死んでしまったブラック。
暗い暗い闇の中、光も音も一切無い闇の中、彼の意識はそこを何の理由も無く彷徨い続ける。
昇天していく魂はその闇の中で、ある記憶の扉を開いた。
それは、あの事件が起こる前。
青年が黒服のあの男の元で修行していた時のこと。
“永遠に続く戦い”というテーマで行われた修行での記憶だ・・・・・・
「・・・・・・どうした、もう終わりか?」
ぼやけているのは視界だけではなく、聞こえる声もぼやけている。ただ、ぼやけた声ながらも
聞き覚えのある声だったので“あの”黒服の男の声だということが直ぐに解ってしまった。
その聞こえてきた声の主の方へ顔を向けようとすると全身に痛みをとっくに超えた痛みが襲いかかった。
なぜこんなことになったのかは今は全く思い出せないが、とにかくここがどこかの地方で季節は初夏、
そして時は夕暮れ時ということがぼやける視界と直感で解った。それ以外は何も痛みで思い出せない。
夕日を浴びる2人の男の姿。片方は地べたに倒れこみ、もう片方がその枕元に立っている。
地べたに倒れた目の前の男・・・青年に黒服の男はそう声をかけたのだ。
「・・・ふざけんな・・・まだ、ピンピン・・・してる、だろ?」
その声はまるで、極寒の大地に全裸で投げ出されて寒さに震える人間の声。喋ることもまともにできず
そして声自体にも活力が一切無い。誰がどう聞いても間違いなく強がりの言葉ということが解るだろう。
しかし、なぜ彼はそんな声でしゃべり、なにより全身に痛みを超えた痛みが襲うのだろうか。
それは今の彼の体調、そして肉体へのダメージはこの時、肉体の限界を遥かに上回っていたからである。
今という瞬間まで三日間、飲まず食わずでただひたすらトレーナー、野生のポケモン問わずバトルを続け
加えて丸二日間、一睡もしていないのだ。もちろん休憩時間など皆無である。その証拠に目の下には
真っ黒い“くま”ができており、頬はやせこけ、顔全体、いや容姿全体に生気が全く感じられない。
昨日の昼間から続いている激しい吐き気と立ちくらみ。こんな状態ではこうなってしまって当然である。
さらには、ボロボロになった衣服の隙間から見える生々しい傷跡。ここまで続けてきたバトルでおった
ケガの手当てなどしている暇は無いようで、傷口は殆ど癒えておらず一部は化膿してきている・・・。
結論から言ってしまおう。
今の彼は“だくりゅう”に飲み込まれたり、心臓に水砲を受けるよりも遥かに危険な状態である。
否応無しに自分の死を感じるしかない状況・・・
しかし、彼の目だけは、美しい赤を宿した瞳の目だけは、強い闘志に燃えているのだ。
「ここでくたばったら、もう、イエローには二度と会えんぞ?」
黒服の男の言葉を聞いた瞬間、いや、寧ろ、“イエロー”という単語を聞いた瞬間、青年は過剰なほどの
反応をみせ、上半身だけを腕を使って無理矢理起き上がらせてその言葉に喰らいつこうとしているようだ。
言葉の流れからいっておそらく生物であるその存在に対する青年の執着は凄まじいようで、
ボロボロになりきった身体でそこまでの運動をさせるという離れ業をやってみさせた。
「会いたくないのか?」
「・・・貪りつきたいくらい会いたい。」
即答された青年の素直な言葉に見下ろす視線を向けて嘲笑する黒服の男。素直な言葉だけでなく、青年の
狂ったような目を見れば、実際にイエローと会った時、それこそ一日中イエローを抱き続け、
彼女の心と身体を貪り続けることなど容易に想像がつく。そんな“若さ”に対する感情もこの嘲笑には含まれている。
黒服の男は両膝を曲げてしゃがみ込むと、既に限界の青年に手を差し伸べた。
青年にその時の男の表情は見えておらず、その差し伸べられた手が何を意味しているのかがよく解らない。
しかし、起き上がることさえも不可能な程限界にきている人間が、目の前に手を差し伸べられたら
誰がどう考えても、慈悲の心が込められた救済の手だと解るし、勝手にそう解釈することだろう
「今のお前のねばりなど、まだまだ話にならない。」
冷酷に言い放たれた冷たい言葉の冷たさは絶対零度など遥かに超える冷たさ。こんな温度の言葉を吐ける時点で
この黒服の男の人間の“格”、そして今まで何をしてきて、どんな場面を乗り越えてきたのかが解る。
男は青年の胸倉を思い切り掴むと、腕一本で倒れている青年を勢いよく持ち上げた。そして腕一本で宙に持ち上げ
自分の視線に青年の視線を無理矢理合わせさせる。この時、青年の靴が地面をつかない。いや、つかせていない。
自然と睨みあう形となる両者・・・しかしすぐさまその視線を黒服の男が自ら外して、胸倉を掴む手の握力を強めると
思い切り青年を腕一本で投げ飛ばした。青年の身体は2、3メートル先にまで見事に投げ飛ばされた。
風貌は四十を過ぎているようなのに、その筋力は凄まじく同年代の人間がこの様子を見れば驚くこと間違いないだろう。
「死ぬ寸前、いや、いっそ死んでから反撃ができるくらいにまでお前のねばりを強化する。」
グシャリと音を立て着地した青年は、当然のように受身など取ることができず硬い地面に全身を思い切り強打した。
今度はうつ伏せではなく仰向けになったので、同時に後頭部も思い切り強打している。
鈍い全身の痛みと鋭い後頭部の痛み。頭と身体へのダメージは骨と皮膚の関係上痛みが違う。
反射的な呻き声は一応は出るが、もう殆どその声量はない。声を出せる痛みよりも今の痛みのほうが大きい証拠だ。
「・・・オイオイ、それは・・・オレを殺すってことか?」
息は絶え絶え、そしてもちろん声量が殆どないかすれ声に近いような声。これで会話をする青年も常人ではない。
そこには確かにこういう仕打ちを受けることが解っていたような節がある。ある程度は“覚悟”ができていたのだ。
そんな2人の関係はこれだけのやり取りでは全く見えてこないが、それなりの信頼関係があるようには思えてくる。
「そう思っても構わん。」
きっぱりと言い切る辺り、黒服の男は間違いなく本気だ。言葉に一切の偽りはない。
返答に絶望に似たような感情が湧いてくると、青年は顔を引きつらせて笑った。
これから先、いつ、どこで、どうやって殺されるか解らないというわけだ・・・
(蘇生方法・・・そうだな、心臓が動けばとりあえず生きてはいられるな。)
殺されることを前提で自分が生き返れる方法を考える。少々、おかしな思考だ。
確かに青年の考えるとおり、心臓が再び動き出してくれれば蘇生する可能性は多少は増すはずだ。
出血多量や頭を吹き飛ばされたりしない限りは、そうしておけば病気でもどうにか立ち直れる方法であろう。
生きていれば、イエローに会うこともできるはずだ・・・そんなことを考えながら、青年はこの瞬間やっと休息できた。
茜色の空に浮かぶ夕日色に染まった雲を見ていると青年の意識は自然と遠のき始めた。
「・・・そうだな、お前を殺す前に話さなくてはならないことがあるな。」
そう言って黒服の男は、どこからともなく抹茶色のハードカバーをした一冊の本を取り出すと
投げた分だけ遠くで倒れる青年の傍に近づいて、その本を青年の身体の上に置いた。
視線だけ動かしてその本を見る。本はそれほど分厚くも無くだからといってすぐ読み終われそうなほど薄くも無い
結構古い本のようで、本の角がすれていたり、シミがついたりしている。
シミの色は丁度薄い黄色で、その黄色が青年の脳内ではイエローを自然と連想させた。
タイトルがゴシック体の黒い字ではっきりと書いてある。青年は、そのタイトルを声を出して読み上げた。
斜めの視点で見えるためはっきりとその字を確認するのに時間がかかる。
その間に黒服の男は青年の傍を離れていった・・・。
「・・・最後の楽園」
なぜか場違いな凄まじい電撃の音が全身を通して聞こえた。
同時に白い白い光が徐々に全てを包み込んで、全ての感覚と世界を真っ白に染める。
真っ白く染まり消えていく世界でも黒服の男は何かを話し続けている気がしたが、その声は聞こえない。
夕日を浴びる黒服の後姿は、青年の目にはっきりと焼きついた。
(・・・・アイツは、何をオレに話したかったんだ・・・・・・?)
死の闇から現実の光へと強制的に戻されていく魂。
再び思い出したあの時の記憶から、青年はまた力を得た気がした。
あの時の記憶は封じられているのか、それとも単に覚えていないのか。
だがこういう内容の記憶を忘れるということは普通に考えて、なかなかありえないだろう。
あの時の記憶が今でもこうして、断片的にしか思い出すことができない。
そういえばこうしてあの時の記憶を思い出したのはあの彼女が死んだ時以来だ。
もしかしたら何らかのきっかけが必要なのだろうか。
だとすれば一体何がきっかけになるのだろうか。
そして、何故自分の記憶はそうやって封じられているのだろうか・・・・・・
「あっ・・・・・・」
何かを思い出したような声。
顔面に降り注ぐ冷たい雨の粒は大きく、肌と当たってベチベチと五月蝿いだけでなく痛みも伴う。
視界を取り戻したブラックが真っ先に見たのは真っ黒な雲に覆われた空と
黒くて小さな目からポロポロと涙をこぼしながら、必死に顔を短い両前足でペチペチとしているピカの姿だ。
「ピカ、サンキュー・・・。」
息を吹き返したブラックは、ふと、グローブの右手を見つめた。
あそこまでイエロー馬鹿だった自分、イエローを思うことだけが生きるエネルギーだった自分。
いつか彼女のことを“女神”と言ったことがあったが、そう言った理由が今解った。
イエローは“女神”・・・思い出してみれば、よく自分なんかと一緒にいてくれたものだ。
やはりその点を含めて、やはり彼女は自分にとって“女神”であることには変わりない。
しかしこの黒いオープンフィンガーのグローブの下に隠れる傷への想いは、“女神”を超えた。
(あんなに好きだったものが、忘れられたんだよな・・・)
下唇を噛む。雨は未だに激しく降り続ける。雷も轟く。
無意識の呼吸がとにかく痛い。できることなら呼吸などしたくは無い。
しかし、呼吸をしなければ人間は死んでしまう。
それに人は自らの意思で呼吸を止め続けることはできない。
未だに続く雷雨、死ねない身体、死なせてくれない身体と仲間・・・意味することはただ一つ。
ブラックは歯を食いしばって激痛を耐えて、降り続ける雨にも負けそうな勢いだったが
ヨロヨロと自分1人の力で立ち上がった・・・。
「悪ィ悪ィ・・・ちょっと死んでた。」
一際大きい雷が鳴った。その音と光の迫力は世界の色を反転させそうなほど大きな。
観戦者を含めて、ゾワッとした寒気がその場にいた人間たちを襲う。
言葉自体に迫力があるのではない。その異常性に寒気が起きる。
戦場を離れようとしていたアルトは、声をはっきりと背中で聞いた・・・
(あの時の一瞬のりきみ・・・このためか・・・・・・)
水弾で倒れる直前、[エクスカリバー]の2太刀目を倒れこんで回避したときだ。
倒れている状態でブラックは一瞬りきんでいた・・・そう、この瞬間である。
アルトには“ブラックがりきんだ”ということ以外、何が起きたのかは解らない。
そう、この時ブラックは同調のフィールドを目一杯広げていたのだ。
同調状態を利用してポケモンたちに自分の意思を伝える・・・
“ゴメンな、オレ死ぬかも。”と。
こんなことを同調状態を利用して伝えられても正直困るのだが、彼のポケモンたちはこういう時に
いったいどうすればいいか、主人が何を望んでいるのかがある程度解っていたようだ。
“だくりゅう”によってブラックのボールホルダーからボールごと離れてしまったピカだったが
彼の意思が同調によって伝わると、ボールから自ら姿を現して主人の元へと駆けつけたのだ。
駆けつけて、彼の心臓の鼓動が止まっていたことに気がつくと、すぐさま“でんきショック”で心臓マッサージ。
威力を強めすぎればブラックの身体が焼け焦げ、弱すぎれば再び心臓が動き出すことは無い。
伝えられた意思とピカの行動を一緒に考えると、おそらくピカは1度以上こうしてブラックを蘇生させているだろう。
でなければあの意思を伝えられただけで心臓マッサージは不可能である。
(こうでなくては、面白くありませんからね・・・・)
黒い傘の下であの男はニヤリと笑み浮かべる。この男も先程のブラックの言葉には寒気を覚えた。
だが寒気の後にはワウワクする好奇心や興奮が狂ったように湧いてきた。
息が若干荒くなりそうになったが、そこは自制しているようで、咳払いをして感情を誤魔化す。
その咳払いが聞こえたのか、それとも興奮が誤魔化しきれなかったのか
ブラックはヨロヨロの身体で黒い傘の方を振り向いて、遠目でその様子を見る。
すると、地面にうつ伏せに倒れてヒクヒクとしている親友の姿が目に映った。
「オイオイ・・・グリーン、何泣いてんだよ。」
心で思ったことが口からこぼれだした。しかしその声は雨にかき消される。
離れている距離に、激しい雨と太陽を遮る雲。そして未だにはっきりと見えていない両目では
グリーンが泣いているかどうかは本当はよく解らない。
しかし、彼から発せられている雰囲気は明らかに涙を流し、悲しんでいる雰囲気で
例えはっきりと見えないとしても、なぜか今のブラックには十二分にそれは感じ取れた。
「・・・フン・・・・・・コレは、雨だ。」
グリーンはてっきり涙が見えたのだろうと思って強がりを言ったが、その声は細く小さく
とてもだが離れた距離にいるブラックには聞こえているとは思えない。
だがその前に、聞こえなかったはずのブラックの声がグリーンの耳には聞こえている事実。
無論、お互いに読唇して会話などしていない。
2人の間には、間違いなく何らかの絆が存在し始めているのだ・・・・
「・・・さて、決着つけようか。」
いつの間にか振り向いていたアルトに、ブラックはヨロヨロの身体で話しかけた・・・・・・
PAS Chapter3 第24話 狂った戦鬼は神をも喰らうか
(今しかない・・・・・・)
ただ一言、アルトと再び向かい合ったブラックは心の中でそう呟いた。若干、焦りが含まれているかもしれない。
その焦りの原因が何なのかは、はっきりとは解らない。もしその焦りの原因を考えるとすれば
彼の戦闘方法が、戦闘そのものが全く通用していないことが考えられる。
人間同士、トレーナー同士の駆け引きと心理戦に特化した戦法をとり相手を追い詰め
アドバンテージをとって相手より優位に戦闘を行う“ブラック”の戦闘スタイル。
ねばりと発想力をエネルギーにして、そのエネルギーをバネにしての逆転カウンター戦法
追い詰められてからこそ真価を発揮する“レッド”の戦闘スタイル。
所詮、この2つの戦法はトレーナー相手の、“人”相手の戦法にしか過ぎない。
今、対峙しているのは“現神”といえども“神”。伝説のポケモンのような絶大な力を持つもの。
これに上記のような戦法をとることは完全に無駄、規格が違いすぎるのだ。
ならば・・・
「本当ならとっくに決着ついてるのにさ、悪いな。」
ブラックは愛想よくアルトに笑顔を見せて謝罪の言葉を吐くと、アルトはそれを静聴する。
「オレの認識不足でお前に失礼なことしたよ。」
目を細めた彼特有のニコニコの笑顔でアルトに話し続けるブラック。
その声は雨にかき消されることなくしっかりとアルトの耳に届いている。
「だから・・・・・・今からお前に合わせるから。」
ブラックの表情から笑みは消え去り、研ぎ澄まされた表情へと豹変していく。
同時に、ビリビリ身体に直接伝わってくる黒く冷たいオーラが戦場を蹂躙した。
このレベルのオーラから放たれるプレッシャーは、正直傷口に障る。
その証拠に、ブルーとグリーンは傷口にズキズキとくる痛みに震えていた。
(これは・・・)
切り替わったスイッチの中身を感じ取った黒い傘のあの男は静かに驚いた。
驚きの種類は「納得」・・・そうしたブラックの行動選択への賞賛だ。
「それと・・・」
ブラックは横目で黒い傘の方を見る。その視線は突き刺さるように鋭利。
いや、寧ろ刺し殺そうとするほどの敵意と殺意がこめられた視線だ、
「そこの黒傘。」
豪雨の中でもはっきりと聞き取れる黒く澄んだ殺意の声が、黒い傘のあの男に届く。
「オレの仲間に手を出すな。」
「すいません、以後気をつけます。」
即答される口から出たのは軽い適当な言葉。謝罪の思いなど間違いなく皆無。
だがブラックは舌打ちなどもせずに再び視線をアルトに戻した。
おそらくもうあの男が何かするとは思えなかったからだろう。
しかし実際は、死んで血液の循環が停止したので頭に血が上手く巡っていないらしく
あまり難しいことを考えられないようで、複雑な感情や思考が存在していないようだ。
「いくぞ、みんな・・・。」
ブラックの横と後ろにニョロを除いた手持ちの残り5匹のポケモンたち立った。
それぞれが皆、今のブラックの澄んだそのオーラに感化されて闘志をみなぎらせる。
ボールから自らの意思(といっても、ブラックのメッセージを受け取ったからだが)で
飛び出してきた彼らをボールへと戻す手段はないので、このままの状態でアルトと
決闘以上の戦闘をしなければならない。・・・それは有利でもあり不利でもあった。
「・・・・・・。」
無言でアルトは応戦の意思をボールを両手に持つことで伝えると
周囲は激しい雷雨の音だけに支配されて、空気が張り詰める・・・。
この時、お互いにこれ以上の長期戦になることは一切思っていなかった。
どちらかが何らかの手段を用いて確実に決着がつく。そういう雰囲気になっていることは
実際に向かい合っている2人が一番わかっていた。それも、甘い決着はない。
「・・・死ぬなよ。」
それぞれの意味をもって、この場にいた全員が同時に呟いた。
一際大きい雷が天で轟くと同時に、にらみ合った両者が動き出す。
雨に打たれながらプテラのプテから翼を得て、ピカとともに低空を駆けるブラックと
それをただ見つめて、ボールを構えるだけで待ち受けるアルト。2人の距離がグングン詰まる。
(圧倒は無理だ。寧ろ、五分に持ち込めてラッキーだな・・・)
血液不足で回らない頭の変わりに、アルトのプレッシャーからブラックはそれを感じ取る。
気分は自ら滝つぼへと突っ込む気分。その滝つぼは果てしなく深く、滝はナイアガラのように壮大。
2人の間が中距離くらいになる時、アルトは片方のボールからあのギャラドスを呼び出した。
「・・・聖剣抜刀」
もう片方の手に持っていたボールを間に挟んで合掌すると、あの深い青色をしたオーラが
アルトの身体からボヤボヤと湧き出してギャラドスの身体を包み込んだ。
かなりのスピードで移動しているブラックたちに“ウェポン”を間に合わせるつもりらしく、
オーラの量は先程よりも明らかに多く、ギャラドスの身体を一瞬のうちに包み込んでしまった。
(つけ入る隙はある。後はそこを突いて一気に決着をつける!!!)
複雑な思考は今はできない。逆にそれが単純だが目的と行動を直結させる力となる。
うっすらとだが、ブラックの心の中で、そして脳内である変化が起こり始めていた・・・
「[エクスカリバー]!!!」
一瞬の間に吸水を終えて、ギャラドスは咆哮とともに水の刃で切りかかる。
レーザーのような水の刃は、大地を切り裂きながら進み、それに触れるもの全てを切り裂く。
音速を超える高水圧の剣が迫るブラックたちを確実に殺そうとしている・・・!
「・・・ッ!!!」
黒い瞳の瞳孔が一気に絞り込まれて、全身が集中する。・・・“究極連携”の発動である。
この状態になるということは集中が極限にまで到達したことを証明し、同時に彼の感覚全てが
鋭利な刃物以上に研ぎ澄まされて、ポケモンや身体の動きを殆どの誤差を生み出さずに操る。
すると正面から飛んできた音速を超えるレーザー状の水の刃を、ブラックはプテを操り回避させる。
物理的な理由で大きく回避することはできないが、飛行する身体の位置を右に数センチ動かし
死ぬことのない位置、即ち“殺されない”位置へと一瞬のうちに移動したのだ。そうして
回避したことにより直進飛行する勢いは殆ど死なず、アルトの懐まで一気に距離を詰めきった。
「“つばさでうつ”」
ブラックの冷酷な言葉は、アルトの耳に一瞬聞こえていた。
ギャラドスを素通りしてここまでの飛行の勢いを殺さずに、プテの翼をアルトの胸に直接ぶつける。
さすがのアルトもこの一撃はたまらなかったようで、泥の地面に仰向けに倒れた。
主人に攻撃を加えたプテとブラックに対して、ギャラドスは長い身体をうねらせ、
鋭く大きな牙をあらわにして、なんとか噛み殺そうとプテとブラックを追い回す。
逃げるプテとブラックは、ギャラドスの猛攻を紙一重で回避しながら雨の中を力強く羽ばたいて高度を上げていく・・・。
(この程度じゃ甘い・・・もっと、もっと!!)
高度を上げれば上げるほど、顔面にビチビチあたる大粒の雨が痛く感じる。
その痛みがそうさせるのかブラックは思い切り歯を食いしばってりきんだ。
りきむことに必死になればなるほど、思考は制限されて、他の事は考えられない。
さらにはまだしっかりとめぐって来ていない血液によって、頭がぼやける。
頭がぼやけていることによって複雑なことは未だによく考えられない。
ただ、今考えていることは、確実にアルトの運動能力を奪い去る一撃を繰り出すことだけ。
それをどうにか考えている彼の瞳は非常に澄んだ黒をしていた。
ブラックはある程度の高度に到達すると、下にいるアルト目掛けて真っ逆さまに急降下していく・・・
「・・・ぐぅ。」
先程の翼の一撃が相当効いたらしく、ボールを握っていないほうの手で胸を押さえながら
立ち上がったアルトは、上空に目をやると急降下してくるブラックの姿を見た。
「・・・ギャラドス・・・[エクスカリバー]」
アルトは痛みをこらえながら急降下してくるブラックを睨みつけて命令した。
その目は確かに鋭く力強いものだったが、言葉はいたって冷静。
真っ直ぐ落ちてくる以上、この星に住む以上は真っ直ぐにしか落ちれない。
そんな状況の敵など着地点を予想し、下から攻撃してしまえば攻撃は必ず当たる。
冷静さの裏にあったのは紛れもない勝利の確信。雨と一緒に降ってくるであろう
真っ二つに切断されたブラックの身体が、間違いなく恐怖を奪い去ってくれる。
ブラックの急降下よりも圧倒的に早く吸水を済ませたギャラドスは、天に向かって
横一文字に聖なる剣を大きく一振りした。音速の水の刃が宙をも切断する!
(しつこい・・・!!!)
グッとりきんで、心で叫ぶ。余裕綽々で回避しているように思えるアルトの攻撃も
本来なら思わず口からこぼれる言葉なのだが、それを心で発さないと回避することができない。
それだけ一切の余裕がない。直撃したらケガではすまない。待っているのは確実な死だ。
だが、逆にそれがブラックを煽った。徐々に、彼の脳内ではある変化が進行し始めている。
(・・・また[エクスカリバー]を回避した?!!)
アルトの素直な感想どおりの見事なきりもみ状態での回避。真横に迫ってきた水の刃を
彼は空中で落ちながら回転、即ちきりもみ状態になることで再び“殺されない”位置へと身体を上手く移動させたのだ。
数多の血生臭い戦場を生き抜いたブラックだからこそ解る、自分が“殺されない”方法。
多くの人間を殺め、傷つけてきた人間だからこそ、死なない、殺されない場所取りができる。
思考は間違いなくできていないが、記憶にある経験が反射的に彼の身体をそう動かす。
それは紛れもなく“本能”の一端であり、その“本能”半ば意図的に埋め込まれたもの。
埋め込まれた“本能”・・・そう、これは・・・・・・
「ゴメンな、ギャラドス。」
一応謝罪の言葉を呟いてはいるが、その呟きに本心からの“申し訳ない”という感情は存在しない。
言葉は全く乾いていて、何の熱も冷たさも帯びておらず、ただ口から漏らしただけの言葉に過ぎない。
ここが今までのブラック、レッドとは大きく違う点。
ポケモンを、そして人を命を奪うことに何ら躊躇いを排除した姿。
ギャラドスの大きな口の中に、きりもみ状態で“はかいこうせん”を放つ。
プテの口から放たれた光線は抉りこむようにギャラドスの口から体内に撃ちこまれると
光線は内臓を焼き尽くし、そして破壊していく。本来なら嫌な臭いが広がるところだが、豪雨で臭いは殆どしない。
口、鼻、そして目やエラから黒い煙を放ちながら、ギャラドスは動かなくなった。
「まだだ!!!」
このまま自然に倒れていくはず・・・だったギャラドスに対してブラックは追撃を仕掛ける。
落下していく身体を宙で一度縦に回転し、プテに再び“はかいこうせん”を放たせる。
光線を放ったまま、引力にひかれてブラックとプテの身体は地面に真っ直ぐ落ちていき
同時に、ギャラドスの長い身体を光線で真っ直ぐ焼き、完全に破壊していく・・・
「・・・聖剣、折れちまったな。」
無感情な言葉を吐いて、静かに着地したブラックは、すぐ傍に立っているアルトに視線を向ける。
先程の一撃で痛めた胸を片手でさすりながら、その視線を静かに受けた。
泥の地面に倒れて死んだギャラドスに視線を向けることなく、アルトは降り続ける豪雨を
ブラックと共に浴び続ける。雷が立て続けに天で轟いた。
「な・・・なによ、コレ・・・・・・」
このブラック、いやレッドの変化に、親友たちは驚きを隠せなかった。
初めて見る“究極連携”状態も確かに驚きの要因ではあったのだが、一番の驚きは
ブラックが、いや、レッドがポケモンバトルで即ち“決闘”で敵を倒そうとしているのではなく
確実に“殺し合い”での決着をつけようとしていることが一番の驚きであった。
あのポケモンバトルを最も愛したあの男が、確かに一度は暗黒に落ちたあの男だったが
ここまで一切の躊躇もなく、ポケモンバトルを逸脱した行為を積極的に行うとは・・・
あの事件以来、彼と接する機会が減り、その間に一体何があったのかは知らないが
その知らない間に彼は、こんな酷いことを平然とやってのける人間に変わってしまったのか。
時の流れが人の心を変えてしまうように、彼の心も大きく変化してしまったのだろうか・・・?
(それにしても、これは・・・)
これを冷静に見た親友は、あの事件の時の彼を遥かに越えるその異常性を見た。
ゾワリとくる嫌なプレッシャーを放っているのに、そのプレッシャーの中はひたすら無邪気で
破壊や殺戮という混沌の行為をしているのにも関わらず、彼に混沌の曇りがない。
冷酷な行動を冷酷と思わない、思えない。それから感じる異常性・・・即ち“狂気”。
今の彼は極限の集中状態でありながら、“狂気”にも包まれた状態。
“狂気”は彼の躊躇い忘却させると冷酷非情な攻撃を繰り出させる・・・良心という名のセーブを完全に失っている。
良心を失った心は無感情に相手を攻める、そして極限の集中はその攻めを自在に表現する。
極限の集中が“体”へ、包み込む狂気は“心”へと影響を与えているのだろう。
(・・・あなたも同じ源から力を得ているのですね・・・・・・)
黒い傘の下であの男は、下唇を舌でペロリと卑しそうに舐めた。
to be continued......
第25話へ・・・