濁流に飲み込まれて・・・そして・・・・・・
容赦なく降り注ぐ晩秋の冷たい雨が
こげ茶の泥と交じり合って、こげ茶の激流を一瞬にして作らせた。
地上で起こった津波に、ブラックはそのまま飲み込まれ
泥水の中、自分のポケモンたちと共に溺れる・・・
轟く雷鳴、激しく大地を叩く大粒の雨。
晩秋の空から降りそそぐ滝のような雨に打たれて
アルトは何を思うのか・・・
仲間の騎士たちへの情か、それとも純粋な殺意か。
どちらにせよ、水神の牙は、神の牙は剥き出しになった。
ブラックに下るのは人誅ならぬ天誅。
躊躇う神を後押しして、黒い傘のしたであの男は何を思うか。
身を裂く程冷たき豪雨の戦場で・・・・・・
PAS Chapter3 第23話 水神、屠る
茶色の壁が自分に倒れこんできた瞬間、目の前は真っ暗になった。
体勢が崩れた瞬間を狙われての一撃だったので、適切な対処を考えられるほど頭が回らない。
ただただこの真っ黒い水の流れにもまれ、身体は地面に叩きつけられて、擦りつけられて
全身を滅茶苦茶に強打し、そして擦り傷と切り傷。さらには軽い捻挫や亀裂骨折・・・
この一撃でブラックは殆どの運動能力を失った。
動きたくても全身に痛みが走り、正常な動作をすることはまず出来ない。
加えて、泥水が目耳鼻口から体内に侵入したためそれぞれの器官の能力が弱る。
耳は通常の半分程度しか聞こえなくなり、口の中は泥の味がしてさらには胃と肺に大量の泥水が溢れ
鼻に関しては、泥水に溶けていた土の匂いしか感知できず
目は開くことが出来ないほど痛み、開いたとしても殆ど視力が無い状態に等しい・・・。
“だくりゅう”の流れが収まると、遠く離れた場所で3つの影が地面に倒れながら雨を浴びている。
内2つの影は雨を浴びながらすぐに起き上がったところを見ると
そこまで大きなダメージを受けていないことがわかる。
起き上がった2つの影・・・ブラックの手持ちポケモンであるカビゴンのゴンとフシギバナのフッシーだ。
ポケモンである彼らにとって、これ位の攻撃は耐え切らねばバトルで勝つことは出来ない。
それに、フッシーのほうは「水」の攻撃に対してある程度の耐性を持っているし
ゴンのほうはこの程度のダメージを受けても平然としていられる体力を持ち合わせている。
こうした要因から案外元気なポケモンたちに対して、トレーナーであるブラックはもう既に虫の息だ。
ぐちゃぐちゃになって、ぬかるむにぬかるんだ泥の地面にうつ伏せで倒れこんだので
まだ多少は白を残していたYシャツは完全に茶色に染まりきり、黒いズボンもネクタイも
泥がこびりつき、また大量の泥水を吸ってベチャベチャになってずっしりと重く、肌に引っ付く。
さらには先述の通りの身体状態に加えて、それらから影響される精神的ダメージ。
その状況を冷静に分析すればするほど、ブラックがもう立ち上がれる状態でないことなど
どんな馬鹿でも阿呆でも容易に想像がつくはずだ。
「「・・・・・・」」
まさに絶句。
戦いを見つめていた親友たちの顔色は一気に真っ青になり、口から一切の言葉が出なくなった。
遠く離れて見ているので親友の生死は確認できないが、うつ伏せのままピクリとも動かないところを見ると
やはり想像通り、立ち上がれないのか、それとも・・・死んでしまったか。
そういう風なことしか頭にはよぎらない。
(意外に呆気ないですね・・・あの程度でくたばるならとっくに死んでいるはずですが。)
黒い傘の下で、あの男は口の下をポリポリと人差し指で掻いた。
その動作は完全に傘に隠されているので、2人の親友にそれは見えない。
(立つか・・・)
“兆候”を真っ先に感じとったのは、相手であるアルトであった。
止めを刺したいところだが、2匹のポケモンが必死に倒れている主人を守っているのでそれは不可能に近い。
今こうして“兆候”を感じ取った以上、迂闊な行動で手痛い反撃を食らうのはいただけない。
そこまでして止めを刺さなくても、立ち上がってきたブラックを殺すのは赤子の手を捻るより簡単。
それにまだ、こちらは神の牙を少しだけ尖らせたに過ぎない・・・・・・
「ぁ・・・っ。」
非常に弱々しい声を上げて、ブラックはヨロヨロと立ち上がろうとした。
身体に力を入れるだけで電流が流れるような感覚と同時に、全身に激痛が走る。
とてもじゃないが、自分1人の力で身体を支えて立ち上がることはほぼ不可能だ。
「くっ!!」
案の定ブラックは再びうつ伏せの状態に倒れこむと全身をプルプルと痙攣させる。
顔面から泥に突っ込んだので、口や鼻から息を吸うと同時に泥が入りこんでくる。
そうして入ってきた泥をペッと吐き出すと、ブラックは痛みを無言で耐えて
身体をプルプル、そしてガクガクとさせながらどうにか立ち上がった。
相変わらず激しい雷雨も、今の彼にとっては全く気にならない。
アルトはさらなる追撃を仕掛けようと、ミロカロスとヌオーに攻撃の準備をさせる・・・・
「うっ・・・!!!」
激しい嘔吐。聞くに耐えない嫌な音と声。
そして見るに耐えない、口で手で覆いながら下を向くその姿・・・。
ヌオーの“だくりゅう”に飲み込まれた時に、飲んでしまった茶色の水と泥をこうして身体が勝手に吐き出す。
この吐き出す、嘔吐という行為は、しているものの精神力を一気に奪うだけでなく体力も奪っていく。
しかしというか、ここでやはり評価すべき点は、ブラックがあの一撃を受けて立ち上がったという事実だ。
「・・・“ハイドロポンプ”」
非常に小さな声でボソリと呟くアルト。本来なら降り続ける豪雨の雨音と激しい雷鳴にかき消されてしまうのだが
“水神”である彼の声は全くの特別。ザーザー降りを遥かに超えたこの豪雨の中でも
彼の声は確かに自分のポケモンたちに伝わるのだ。
その証拠に、彼のミロカロスは降り続ける雨から膨大な量の「水」のエネルギーを引き出して
すぐさま“ハイドロポンプ”が撃てる状態になった。その間、ヌオーは雨を浴びて体力を回復させていく。
「・・・・・・。」
言葉を発するまでに至る気力が湧いてこない。
加えて全身の痛みによって奪われた思考能力。
こうなると言葉を発する以前に、言葉そのものを考えることもできない。
それでもブラックの戦闘経験と勘は今の状態、即ち棒立ちは絶対にいけないと警鐘を鳴らし続けている。
アルトの攻撃が来ると、すぐに攻撃への対応をしろと。
そうでなければ、自分にどれだけの被害が出るのかがもう既に解っている。
「・・・・・・ッ!!!」
何かが激突してくると同時に、ブラックの身体はぶっ飛ばされ
泥の地面に激突してゴロゴロと身体を勢い良く擦り転がしていく。
激突した何かも同じように泥の地面を擦り転がったようだが、それが一体なんだったのかは解らない。
というよりも、棒立ちしていた時点で、泥が両目に入りその痛みで開くことの出来ない両目では
一切の視覚情報を得ることができず、何も対応することも、そして現状を把握することも出来なかったのだ。
(・・・?)
黒い傘の中であの男はこのやり取りを見て何かを不思議に思ったようで
顎を右手で触りながら、神妙な面持ちで2人の殺し合い、いや、一方的な殺人を見る。
(何故、“現神”はこのタイミングでブラックを殺さないのでしょうかねぇ・・・)
まるで殺さなかったことが不思議、自分ならためらい無くそうしていたと言わんばかりの思考。
この男が果てしなく危険な存在であることがこの思考を見れば解る。
戦場をするどく見つめる目には、豪雨の中、水砲で追撃を仕掛けようとしているアルトとミロカロスの姿が映る。
男はそのアルトの行動を不思議にしか思えない。なぜ、今になっても止めを刺しに行かないのか。
超能力者を遥かに超越した“神”にも等しいほどの能力を持つほどの存在が
何を人一人殺めることに抵抗を、ためらいを持つのかが全く理解できない。
それに、ここまでに戦いを流れやアルトの放つプレッシャーから考えれば、とうに殺していておかしくない。
(・・・そういうことですか。)
しばらくの沈黙の後、倒れているブラック目掛けてミロカロスが再び水砲を撃ち始める頃
黒い傘の中であの男は大きく頷いて1人納得した。
(これだけの力を持ちながら、人を殺り慣れていないのですね・・・)
思考の中の声の調子は至って冷静でありながら、どこか楽しげな印象がある。
言葉の内容は先程と同じように、まるで人を殺しなれているといわんばかりの意味だ。
いつの間にか戦場を見つめるこの男の目は哀れみの目に変わり、本当に悲しそうに戦場を見つめる。
「・・・がっかり。」
哀れみの目の瞳の奥で、何か嫌なものが間違いなくそこにある。
ボソリと呟いた一言は、大きな雨音が全てかき消してしまったので
同じように(と、いっても見つめる目は違うが)戦場を見つめていた2人の親友たちには聞こえなかった。
「・・・ッ!!」
声は発していない。発しているのは声でない声、寧ろ、音。
受身もとれず、ブラックはただそのままぶっ飛ばされて地面に仰向けに倒れた。
ブラックの身体は、もう何度も宙を舞っている。
水砲そのものを身体に受ければ間違いなく死んでいるが、それを防ごうとゴンとフッシーが攻撃を庇う。
しかしミロカロスの水砲の威力は凄まじく、水砲を身体で受け止めている重量級の2匹を軽々と吹き飛ばしてくれる。
吹き飛んでくる巨体に激突してブラックは宙を舞う。その衝撃は自動車と激突するのとほぼ変わらない程の衝撃。
ピクピクと痙攣するブラックの身体・・・とっくに肉体の限界は超えている。
しかし、ブラックは・・・・・・
「・・・・・・。」
声も音も無い。例え何か音をさせたとしても、雨音と雷鳴に確実にかき消されている。
目を瞑り、顔を歪ませ、泥だらけになって、ブルブルと身体中を震わせながら
そして倒れても倒れても、それでも何度でも立ち上がる。
震える姿は弱々しいのだが、この状況でここまで立ち上がってくると
この弱々しく見える姿も、精神的な強さを表す姿に見えてくる。
それに、ブラックからは生気は感じ取れなくても、闘志が、戦い続ける意思・・・戦意が感じ取れる。
(まだ、立ち上がるのか・・・)
ここにきて“神”が見せた初めての焦り。といっても微弱な心のざわめき程度なのだが。
目の前の“人間”はどうやっても無限に立ち上がってくる気がする。
そんなありえないことが少しだけ信じられる気分。心が乱れている証拠。
しかし、現に目の前の“人間”は何度も何度も立ち上がってきているのだ。
“だくりゅう”に飲み込まれて、泥水を飲んで、視界を奪われて。
そして、冷たい雨を全身に浴びて、ここまで痛めつけられて・・・
ここまでやられて立ち上がってくる“人間”をアルトは見たことが無い。
(・・・・・・。)
11月の冷たい豪雨に打たれながらの静かな思考の時。
ボロボロのブラックに思考することは出来ないが、この水神であるアルトには可能。
静かな思考の中で、彼はブラックをどうするかを考え続ける・・・
“神”を脅かすほどのその存在を2度と立ち上がらせない為には
・・・もう、完全に殺すしかない。
この答えを素早く導き出したのは、黒い傘を差したあの男だけ。
遅れてアルトもそういう風に答えを導き出すのだが、その答えに相当躊躇しているようである。
ブラックも思考することが出来れば、おそらく同じような答えを導き出したに違いない。
そしてその答えが出ている以上、彼がこれからすることは円卓の騎士としてたった一つ。
確実に相手を殺傷でき、尚且つ、その精度も非常に正確な行動。
一種の“必殺技”をやるしかない。そう・・・・“ウェポン”。
アルトは横目でチラリとヌオーの状態を確認する。
雨を身体で受け止め続けた進化した【ちょすい】体質は、ヌオーの体力と傷をいつの間にか癒しきっていた。
しかし、流石に身体の“まひ”だけは取り除くことが出来なかったようで
元々鈍い動きで有名なヌオーの動きはことさら鈍く見えた。
万全とはいえないが、十分に戦闘可能な体調・・・回復させた意味はあったようだ。
アルトはヌオーをボールに戻すと、腰の簡易式ボールホルダーにボールをしまった。
その代わりに、一つの別のボールを取り出す・・・
「・・・・・・。」
肌につく嫌なプレッシャーをブラックは感じ取っていた。
身体へのダメージは深刻で、既に何も考えられなくなっている。
それでいて、意識を手放せばこのまま殺されることは考えなくても分かるし
この冷え切った状態では、どうあっても生き残れる可能性は低い。
泥と、それによる激痛で開かない両目。
それでも自然と両手は腰のボールホルダーに向かい、どうにか体勢を立て直そうとしているようだ。
このままでは、この嫌なプレッシャーの餌食になること八は間違いない。
腰のボ−ルホルダーまでは、既に両腕が感覚で覚えてしまっているので
別に場所を確認しなくても自然と手がボールに触るように動かせる。
「・・・・・・」
あるはずの残りのボールがそこには一つもなかった。
もはや絶望で声も音もでない。そして表情は崩せない。
フッシーとゴンを回収することも出来なければ、他のポケモンで別の一手を打つことも出来ない。
トレーナーとしての敗北はこの時点でほぼ確定。そして反撃の術も無し。
このあまりにも絶望的な状況・・・ブラックはその絶望ぶりに笑いがこみ上げてきそうになった。
「・・・ギャラドス。」
ヌオーに代わって呼び出されたのは、きょうあくポケモン ギャラドス。
アルトのギャラドスは、“水神”のアルトの手持ちに相応しいような
荘厳な雰囲気をしており、ブラックの手持ちであるバンギラスのギランに近いようなものを覚える。
しかし品格に差があるようで、もしもアルトのギャラドスとギランを比べた場合
アルトのギャラドスの方がそれなりの評価を受けることになると思う。
そんなアルトのギャラドスは呼び出されて早々、天から降る大粒の雨と主人のプレッシャーを身体で感じ取ると
今の状況を把握し、これから自分がすべきことを考えて結果、戦闘体勢をすぐさま整えた。
何かが起こる・・・離れて見守る者たちも、そしてブラックとその手持ちたちも
同じように“それ”を感じ取っていた・・・。
大きく、一気に大量の空気を吸引。そのまま息を止める。
そして雨雲を呼んだときと同じように胸の辺りで合掌すると
目を瞑って意識を集中させていく。滝のような雨に打たれながらそれを行う姿は
まるで、本当に滝に打たれているように見えてくる。それほど雨が激しい。
水砲による攻撃を中断しているミロカロスは、時より“れいとうビーム”で
ゴンとフッシーを牽制しつつ、主人の集中を妨害させない。
「聖剣抜刀・・・!!!」
アルトの集中が開放されると同時に、怪しげな深い青色をしたオーラが身体から発せられた。
そのオーラは、アルト自身を包み込むだけでなく、ボワボワと広がって
ギャラドスの巨体も徐々に包み込んでいく・・・・・
(・・・コレは見ておかないとな)
全く開けない自分の両目に少々イラついているが
あまりにも絶望的な状況にもう口元がニヤけっぱなし。
ブラックは動かすだけで激痛が走る中、どうしてもアルトの“ウェポン”が見たくて
グローブの右手の指で両目を必死に擦る。すると生理反射で涙が流れ、目の泥が少し流れ出た。
まだ痛む両目、しかしブラックは無理矢理目を開いた。
真っ赤に充血した両目・・・痛みでまだ目蓋がピクピクしている。
そんな状態では殆ど視界ぼやけており、はっきりとアルトの姿は見えなかったが
それでもアルトが発した怪しげな深い青色のオーラが、ギャラドスを包み込んでいくのが解る・・・。
オーラがギャラドスの身体を包み込みきると、ギャラドスの脳で変化が起こる。
本能を司る視床下部近辺で今まで使われていた神経伝達物質に変わり、全く新たな伝達物質が分泌され始めた。
視床下部はその伝達物質に刺激されて、自然と自身が司る本能を開放し始める・・・。
この反応は円卓の騎士たちの“ウェポン”と同じ反応。
しかし“現神”であるアルトがこの反応を使っているのなら、これが他の騎士たちの“ウェポン”の原型かもしれない。
そして・・・本能を開放したギャラドスは、吼えた。
その咆哮にその場にいたものたちの視線が集まる。
天を仰ぐギャラドスの口元に、ビー玉程度の大きさをした何やら球状のものが作り出された。
同時にギャラドスのいる辺りの地面から水分が無くなり
激しい豪雨の中、そこだけが渇水地帯のようにピシピシと地面にひびが入った。
天を仰いでいたギャラドスはピタッと動きを一瞬止めると、大粒の雨ををしばらく浴びる・・・
この隙に攻撃を・・・といきたいところだが、その場のあまりにも荘厳な雰囲気に誰一人動き出せない。
「[エクスカリバー]!!!」
開眼したアルトが吼えた。神の牙が確実にブラックに向けられた瞬間である。
天を仰いでいたギャラドスは、その巨体を象の鼻のように大きくうねらせると
身体を逆袈裟に思い切り振った。同時に口からレーザーのようなものが撃ち出される。
空間を何かが走った・・・
「あっ・・・」
ブラックの間抜けな声。
間一髪、身体はフッシーが蔓で引っ張ってくれたのでどうにか身体半分で回避できたが
回避と同時にすぐ真横を何かが通り過ぎた瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
地面にはビー玉大の太さで深々と溝が出来ており、それが先程まで自分がいた場所の背後にまで出来ている。
何が起こっているかなど見当もつかない。ただ言える事は・・・
この攻撃だけは、どんなことがあっても触れてはいけないということだ。
ブラックはゴクリと唾を飲んだ。
[エクスカリバー]・・・
原理は至って簡単。これはいわゆるウォーターカッターである。
高圧の水流を用いて切断・・・ただこれだけ。
だが、その威力と技術は非常に高い。
莫大な「水」のエネルギーから「水」を生み出し一点に凝縮。
凝縮されたことにより高まった水圧で水を撃つ。
ただし、凝縮点以上の大きさで水を撃つと水圧が低下してしまうので
凝縮点と同じ大きさ、同じ太さの水を撃つことになる。
その水圧は“ハイドロポンプ”や“ハイドロカノン”などお話にならないほどの水圧で
ダイヤモンドであろうが、合金であろうが、もちろん人体でも軽々切断する。
ポケモンがそうやって水を一点凝縮させることも難しいが、それを自由自在に撃つことも難しく
相当な鍛錬を積み重ねても出来るかどうかわからない芸当である。
まさに神技・・・“水神”であるアルト、そしてそのポケモンだからこそ出来る究極の技。
広範囲殲滅技と比べてしまえば見劣りするかもしれないが、一対一での場面なら
この技は文句無しで「水」タイプ最強技・・・そしてこれが激流の騎士 アルトの“ウェポン”であり
“水神”アルトの放つ神の一太刀である。
[エクスカリバー]は王者の剣・・・
だとすれば、さしずめアルトのギャラドスは水の、激流の王者ということだろうか。
そしてそれを従える、王を従えるアルトはやはり“神”なのだろう。
ここまでの思考はブラックには出来ていない。
今解っていることは、絶対にこの攻撃を受けてはいけない、触れてもいけないということだけだ。
しかし、身体も満足に動かせないこの状況でどうやってこの攻撃を回避するのか。
そうやって次の一手を考えている間に、今度はミロカロスの“ハイドロポンプ”が再び速射される。
水砲が撃たれるたびに、たとえ当たらなくても地面にぶつかって泥が跳ね上がる。
跳ね上がる泥と水砲の威力がブラックたちに攻める隙を一切与えない。
まるで爆撃にあったかのように地面は破壊され、ブラックたちも怯む。
これではギャラドスだけでなくミロカロスも、そしてアルト自身も倒すことが出来ない。
せめて素早く動き回れるポケモンならこの攻撃を回避しつつ反撃できるのだが・・・
「クソッ・・・!!」
再び始まったミロカロスの水撃に、思わずブラックは苛立ちを露にした。
といっても、この水撃を仕掛けているミロカロスに苛立ちを覚えているわけではなく
もちろん、今自分のことを守ってくれている2匹の仲間たちにも覚えているわけではない。
確実に自分自身が荷物になっていることへの苛立ち・・・不甲斐ない自分への苛立ち。
しかしいくら苛立ちを覚えたところで、今のブラックに軽快な動きは出来ない。
[エクスカリバー]発動前と同じ状況に逆戻りのブラック。
降り注ぐ雨から「水」のエネルギーを得て、水砲を撃ち続けるミロカロスと
その間に[エクスカリバー]の準備を整えるギャラドス。
アルトは未だ降り続ける雨を浴びながら、ブラックだけでなく観戦者たちの方も伺う・・・
(・・・・・・。)
“神”は3人の観戦者を見て何を思うのか。
その視線に気付いたのはあの男だけで、その視線を返すように一言ボソリと呟いた。
「そろそろ、決着をつけたらどうですか?」
相手を煽るような口調で呟いた言葉からは、応援も悔しみもない中立な心感じ取れる。
あくまでも傍観者として見つめていると言わんばかりのその言葉。
その言葉がアルトに聞こえたのだろうか。アルトは静かにボールホルダーからボールを2つ取り出した。
「[エクスカリバー]!!!」
アルトの叫びと共に2度目の“ウェポン”発動、一際大きな雷が天で暴れ狂う。
ギャラドスの周囲の地面から再び水分が無くなっていく・・・十分に給水し終えたようだ。
今度は巨体を勢いよく真横に振って水の凝縮点から水の刃を放つ。
ブラックだけを狙うのではなく広範囲を切断するように攻撃を放ったのだ。
音速よりも速い速度で迫る水の刃を回避するには、攻撃が放たれる直前に範囲を予測して回避をするしかない。
そしてそんな命令を的確に言葉で言い表せるほどブラックに余裕は無い。
そうなると必然的に、言葉以外の方法で戦闘命令を下さなければならなくなる。
最初からアルトはプレッシャーのみで戦闘を進めてきた(と思われる)のだから
こちらも似たような手段で戦闘を行わなければ、対等な立場にさえ立てていない。
ぼやける視界で何とか捉えたギャラドスの動きを確認すると、ブラックは息を思い切り吸った。
「・・・ッ!!」
息を吸うと同時に胸に異常な痛みを覚える。おそらくゴンやフッシーに激突されたことによって
既に肋骨にヒビが入っているか、折れているかだろう。
痛みを集中で忘却し、同時に“同調”のフィールドを広げると、その様子にアルトはピクリと反応した。
(伏せろっ!!!)
横一文字の水の斬撃の回避法を同調することにより、自分の手持ちたちに伝える。
これが上手く[エクスカリバー]の攻撃寸前にフッシーとゴンに伝わり
泥の地面に倒れこみ、または思い切りしゃがみ込んで難を逃れた。
この頃になってくると、ブラックは痛みへの耐久が多少はつきはじめ、思考する余裕が生まれてきた。
やっとできる思考で一番初めに考えたことは
(コイツとは、トレーナーとしての決着はできないだろうな・・・)
この状況で一際残念そうな声でブラックは思った。
戦闘のようなものを繰り広げるうちに、徐々に決断を迫られている状況ということが解った。
このままどうにかしていくのか、それとも、覚悟するか。
ブラックはここまでの状況をもう一度頭の中で整理し始めた・・・
今の今までこうやって一応生きていられるのは、生かされているのか、それとも殺せないだけなのか。
殺すチャンスはいくらでもあったはず・・・。チャンスを活かす活かせないではなく
単純にこちらを殺しためらっているか、殺せないと考えるのが自然。
ならば・・・
(・・・つけいる隙は、十二分にある!!)
ブラックはその答えを導き出すと、なにやらグッと一度りきむと、同調のフィールドを広範囲に一気に広げた。
この行動にアルトは一瞬何かを感じつつも、特に気にせずミロカロスを交代させる。
フィールドの展開と同時に、ブラックは立ち上がってゴンとフッシーと共に反撃を開始しようとした。
高まりはじめた集中が徐々に痛みなど感じさせなくなり、それに加えて
ブラックの尽きない闘志と戦意が、身体に活力と気力を復活させていく・・・。
アルトが少しでも恐れた理由が解るはずだ、ここまで痛みつけられて
さらには一撃で葬り去ることができる力を見せ付けたのにもかかわらず、状況を好転させようとするねばり。
究極なまでの無知な馬鹿か、神さえも喰らう本物の化け物か・・・2つに1つ。
喉元に牙はとっくに当てている。しかしそれでも怯まない、くじけない、あきらめない心。
アルトはギュッと両手を握りこむと、それを解いて目を瞑って静かに合掌した・・・
「さて、反撃開始だ・・・!!」
思考に気をとられているというのと、目が良く見えないという状況が重なっていたので
ブラックは特に何も警戒せず、そして警戒できずに、そのまま手を突いて立ち上がった。
誰の目から見てももう諦めるしかなかったはずの状況から、この男はここまで持ち直した。
体力は殆ど無く、力もみなぎらない。しかしそれでも、あきらめない心がそれを大きくカバーする。
反撃の狼煙が上がる・・・まさにその瞬間である。
突如、飛んできたライフル銃の銃弾に酷似した一発の水砲が、ブラックの胸を捉えた・・・・・・
(・・・これは、決定打ですね。)
冷静な分析ができるのは黒い傘を差したあの男だけ。
この瞬間、観戦者を含めてこの場にいた全ての存在の時が止まっていた。
そんな中でブラックの時を動かし、時を止めたのはドクンッと一際大きい心音。
全身に何かを伝って満遍なく伝わったその音。
そしてその音を最後に彼の心臓は鼓動を刻むのをやめてしまった・・・。
肋骨はバキッと折れたのではなく、パンッと勢い良く破裂したような音をたてた。
この音は雨音にかき消されたので周囲には聞こえなかったが、ブラックには辛うじて聞こえていた。
一体何が起こったのか。
アルトはミロカロスと交代してキングドラを呼び出した。その目的は無論、ブラックを一撃で殺すためである。
彼のキングドラの特性は【スナイパー】、急所を確実に捉えていく特性だ。
人間の急所である心臓を狙って水の弾丸で撃つ。放たれた水の弾丸は精確にブラックの心臓を捉えた。
ただ奇跡的なのか、それとも調整されたのか、水砲は身体を貫くことはなかった。
しかし・・・・・・
(心臓への強い衝撃による心停止・・・お見事です。)
こうなるように急かしたあの男の顔は、納得の表情を浮かべている。
いかにも同族の仕事ぶりを認めるような、褒めるような感情が含まれているといった感じの笑みだ。
そんな笑みを浮かべている間、2人の親友たちの時は未だに完全に止まりきっていた。
キングドラの筒状の口から、降り続ける雨ではない別の水滴がピチャリと落ちた。
フワッとした浮遊感と共にブラックの身体は仰向けにゆっくりと倒れていく。
口と両目は大きく開かれたまま、瞳は虚ろ。いや、既に生気さえ感じさせない。
どしゃっと地面に倒れた瞬間、全身から力は完全に抜け去り
両手首と両足首、そして首がガクンと自由に曲がり、“力”というものを一切感じさせない。
・・・・・・彼の心臓は停止した。
「「レッド!!!」」
彼が倒れてから2人の親友は絶叫した。
今まである程度の声や音は、雨音や雷鳴によってかき消されていたが
この2人の絶叫は、そんなものに阻まれること無くマサラ全体に響き渡る。
もちろん、彼の自宅の前で気絶している2人の女性にもだ。
しかし、倒れたブラックにこの叫びは届いたのだろうか・・・・・・?
(・・・・・・。)
やはりあの男と、仰向けで雨を浴び続ける“それ”の見解は正しかったようで
殺り慣れていないのだろう。アルトの表情はひたすらに曇っている。
躊躇を超えれば後悔だけが残る。心のストッパーにはしっかりと意味があるのだ。
アルトは合掌を解くと、目を開けてポケモンたちをボールに戻し始める。
殺し合いは終わったと。
行動はそれだけを伝えていた・・・・・・
第24話へ・・・