冷たい雨と騒がしい雷鳴・・・目覚める仲間、目覚める力・・・・・・
「・・・冷たいわね。」
「・・・だな。」
どしゃ降りの雨を浴び続けるグリーンとブルー。
背中合わせで地面に座り込んでいるのだが、既に衣服はぐちゃぐちゃのびしょびしょ。
しかし、立ち上がる力も無く、動くこともできない。
ポケモンたちもとっくに力尽きている。
「これじゃあ、風邪ひいちゃうわ。」
「・・・どうにか共倒れは避けたいな。」
しかし、どちらも誰かの力なくして立ち上がるのは厳しそうだ。
2人の視線の先には、地面にぐったりと倒れるキミドリとブラウン、そして彼らのポケモンの姿がある。
泥だらけでびしょびしょの身体。自分たちにしても、騎士たちにしても
このままでは身体によくない。 そう思うが身体が動かない。
青い顔でため息をはいたグリーン。握り合う手と、触れ合う背中だけが唯一の温もり・・・
どうしようもないので、2人はその温もりを感じ続けていると
「お手を貸しましょうか?」
声がしたほうを見上げてみると、2人の前に黒い傘を差した紺のスーツを着た1人の男が立っていた。
その男の後ろには紺色の雨合羽を着た複数の人間が立っている。
「円卓の騎士駆除にご協力いただき、誠にありがとうございました。」
黒い傘で隠れた顔に2人は不審を覚える。
そんな2人を気にすることなく、その男は満面の笑顔で残酷な言葉を話した・・・・・・
PAS Chapter3 第22話 “神”の正体
あるようでない、いるようでいない、それでいて、ないようであり、いないようでいる。
摩訶不思議・・・その存在を捉えることは難しく、見つけることも容易ではない。
しかし、その存在はいつも傍にあったり、いたりする。意外に見つかりやすいのかもしれない。
“人”のようで“人”ではなく、“生物”のようで“生物”でなく、“物”のようで“物”ではない。
だがそれは、何れにも当てはまらないようで、全てに当てはまる。
この世の全ての言葉で説明が出来ないようで、意外にすんなり説明できる・・・
“人”を超え、“生物”を超え、“物”を超えたその名を、この世の言葉で表すのならただ一文字。
・・・・・・“神”。
過去にその存在を聞いたのは、よくは覚えていないがあの男に黒き自分を呼び覚まされていた頃だと思う。
その時はあの男でも冗談をいうのだと笑い飛ばしたが、あの男の真剣な表情に驚いたことおぼろげながら記憶している。
突如、激しい雷雨に見舞われた晩秋のカントー地方。
そのなかでも一際激しい雷雨が巻き起こっているのは、田舎町のマサラタウン。
天を引き裂くような雷鳴、大地を崩壊させるような豪雨。
この豪雨で気温はグッと下がり、防寒をしなければ風邪をひいてしまうことだろう。
そんな豪雨と寒さの下で、“神”と戦鬼が戦いを、いや、殺し合いを繰り広げる・・・・・・
振り下ろされるするどいカマ。先程とは比べ物にならないほどの素早さを発揮するアルトのカブトプス。
ターゲットを、ブラックを斬殺する気がカマから満ち溢れ、躊躇いは皆無。
それは間違いなく“殺り”慣れている証拠。このまま真正面からカマを受ければ、何もしなければ
即ち、棒立ちは・・・・・・
(死・・・!!!)
ブラックはわざと自分の足を滑らせて仰向けに勢いよく倒れた。
丁度、その場でスライディングをしたような格好になり、白いYシャツの背中にこげ茶の泥がベットリと付着する。
死を避ける為に身体が勝手に動いたに近いので、倒れこんでからの対処は一切考えていない。
だが、カブトプスのするどいカマはこの延命手段でどうにか回避できた。
全力で宙を切るカマの音が聞こえると、鼓動が自然と早くなる。
この隙に、再びカマが振り下ろされる前に、カブトプスをどうにかしなければ・・・
フッシーの蔓を頼りにするには時間が足りない。
ホルダーが腰にあるのでボールが手にとれない。
ぬかるむ地面の為に機敏な動きも出来ない。
“ない”ものだらけで、別の策を編み出す時間も無い。このまま生きる術もない。
まさに絶望的な状況・・・だが、ここで死を選ぶほどこの男は愚かではない。
死に物狂いで生き抜いて、生き恥さらしてでも生き抜いて、生きて生きて、背負い続けなければならない責任がある。
それに、まだあの彼女の元へと行くにはいささか早すぎる。
もっと世界を見て、向こうで前以上に旅での話が出来るくらいにならなくては、この世で生きる意味が無い。
するどいカマを再び真っ直ぐと振り下ろそうとしてくるカブトプス。
狙い目は心臓か、頭か、頚動脈か・・・間違いなくこのチャンスをものにしてくる。
(“ない”なら、作るまでだ!!)
急激にグローブの右手に力がこもる。
ブラックは右手でぬかるみとなっている地面の泥を握ると、それをカブトプスの目を目掛けて投げつけた。
目に直接泥をを受けてカブトプスも流石に怯む。
「うぉぉっ!!」
気合と根性に任せて、ブラックはこの隙に身体を横に回転させて泥の上を転がった。
これによってカブトプスのカマの射程圏内から離脱できたが、Yシャツと顔と髪に泥が付着する。
だが今はそんなことを気にする暇は無い。すぐさま立ち上がってフッシーの傍にまで行き、ボールホルダーに手を回した。
これでやっと応戦できる。
ここから仕掛けていける。
そう思いながらブラックはボールホルダーからボールを1つ取り出そうとした。
しかしその瞬間、彼の身体は真横から飛んできたフッシーの大きな身体に激突して大きくぶっ飛ばされた。
「ぐっ!!」
何が起こったのかさっぱり分からない。
ただ分かることは、やっと立ち上がれたのに再びこうして泥に倒れこんでいるということと
先程ホルダーから取り出したボールを、落としてしまったということ。
運良くフッシーの下敷きになることだけは避けれたが、直撃した右半身に激痛が残る。
一体何が起きたのかと、フッシーが突っ込んできた方向を向くと
そこにはアルトが呼び出したであろう立派で美しいポケモンの姿が見える。
遠目で確認してみると、その容姿から、いつくしみポケモン ミロカロスだと解った。
いつの間にかアルトは2匹目のポケモンを呼び出していたようだ。だがこちらは2匹目を呼び出していない。
アンフェア・・・いや、これは“円卓の騎士”たちと接触する時点で解っていた事。
イエローとピンク、そして自分とグレイの戦いが“決闘”という形式になったこと事態がありえなかったのだ。
どうやら、あのミロカロスが念か何かでフッシーの身体を飛ばしたらしい。
飛ばされたフッシーの身体に激突して、今のようになったようだ。それだけは解った。
ヨロヨロと立ち上がると、ビチョビチョで泥だらけの衣服に不快感を覚える。
それに未だ降り続け、やむ気配さえ感じさせないこの雨にもうんざりしてくる。
オマケにカブトプスが猛スピードでこちらに接近して来る。
ブラックは2匹目のポケモンを呼び出そうと、新しくホルダーからボールを取り出そうとした。
(まずはあのカブトプスをどうにかし・・・)
一瞬の思考の最中に、突如世界が真っ黒になる。
同時に再び何かが右半身に激突し、数秒後には泥の大地を勢い良く5、6メートルは転がった。
全身に走る激痛、雨によって冷えた空気が肌を敏感にしているので、肌での痛みは想像を絶する。
ピクピクと痙攣する身体、加えて寒さでも身体は震える。
うつ伏せの状態で痛みに悶え、寒さに震えると、流石のブラックの表情は苦痛に歪む。
迫ってくるカブトプスを見ながらも、アルトとミロカロスの挙動に注意を払っていたが
降り注ぐ雨と轟く雷鳴が視覚と聴覚器官を上手く働かせないので、反応が完全に遅れた。
それでも一瞬確認したのは、ミロカロスがこちらに向かって“ハイドロポンプ”を放ったということだ。
降り注ぐ雨によって「水」のエネルギーは溢れかえっているので、大技に必要なエネルギーなどすぐに溜まる。
どうやら先程の一撃も、今と同じ方法でやってくれたようだ。
フッシーの巨体を軽々と吹き飛ばす水撃・・・実はフッシーが壁になってくれて正解だったかもしれない。
おそらく、そのレベルの水撃を直接身体で受ければ、間違いなく骨は全身複雑骨折、内臓も圧迫で破裂するだろう・・・
しかしこの状況になって、いくつか気付くこともある。
まず1つは、今のところミロカロスは“ハイドロポンプ”を速射しているということ。
本来、“ハイドロポンプ”のような大技を放つにはそれなりの間が必要になる。
しかし、1撃目から2撃目までの間はわずかに十数秒。これは明らかに速い。
ポケモンバトルを基準として技の仕掛けあいとなったときに
1撃目の攻撃を終了してから相手の一撃が終了するまでの間レベルの時間である。
人間同士の世界に置き換えた場合、殴り合いで相手とパンチを交し合う間に過ぎる時間・・・
ボクシングならジャブの感覚で“ハイドロポンプ”を放ってきている。
これがどれだけ異常なことかご理解いただけるだろうか。
それに裏を返せば、確実に決めに来る一撃を未だに放っていないということだ。
牽制的な役割のジャブで、人間の骨など軽々砕くであろう威力。
もしも全力で撃ち込まれれば・・・骨や内臓のレベルではなく、直撃と同時に身体がそのままバラバラになるだろう。
もう1つは、アルトとミロカロスから自分たちが離れすぎてしまったことである。
2度にわたってぶっ飛ばされて、こちらが有効な攻撃を仕掛けられる距離ではなくなった。
フッシーの蔓も届かない距離だし、“ソーラービーム”を仕掛けるには天候が悪い。
“はっぱカッター”を飛ばしたとしても、この激しすぎる豪雨では途中で葉が落ちてしまうのが関の山だ。
ならば究極技の“ハードプラント”ならば・・・と思うが、向こうの“ハイドロポンプ”の速射速度には追いつけない。
フッシーでの戦闘は殆ど無理。同時にカビゴンのゴンも相当厳しいということだ。
2つの気付いたことで意識するのは“死”の一文字・・・
しかしそれでも、ブラックはヨロヨロと立ち上がった。
先程以上にYシャツは泥で汚れ、黒いズボンにも泥は付着している。
頭の中も、身体中も、よぎる死の予感になかなかブラックの言うこと聞かないが
(不幸中の幸い・・・「水」タイプの攻撃なら、フッシーなら多少は耐えられる!!)
彼の心は微塵も揺るがず、崩れない。
その思い通り、フッシー自体にそこまで大きなダメージは無い。
こんな状況でも好転を信じて戦い続けれる信念・・・彼の心のどこかで再びレッドが目覚めようとしている。
立ち上がり、再びするどいカマで斬殺しようと迫るカブトプスに対して
ブラックはどうにか腰の既に泥まみれのボールホルダーから取り出したボールを見せ付けた。
ミロカロスはおそらくアルトの声を聞き、“ハイドロポンプ”の速射攻撃を開始しようとする。
立ち上がるまでの時間を差し引くと、あの水撃がこちらに向かって飛んでくるまでの残り時間はおよそ5秒。
その5秒の間にやることは3つ。フッシーに命令を出し、策を立て、身体を動かすこと。
目的は水撃を回避し、カブトプスに応戦し、アルトとの距離を詰め、ミロカロスを封じることだ。
水撃到達まで残り5秒・・・
「フッシー!! 蔓でカブトプスを捕まえろ!!!」
お互いになにやらアイコンタクトを交わしてから、雨音に負けない大きな声でフッシーに命令する。
フッシーへの命令と同時に、ブラックは自らするどいカマを雷で輝かせるカブトプスに突っ込んでいく。
ぬかるむ足元を思い切り踏み切って、全力でカブトプスを目指す。
ただこの時、ブラックはさり気なく腰のボールホルダーに手をかけた。
残り4秒・・・
フッシーは自分が伸ばせるだけ伸ばせる蔓全てを伸ばした。その蔓の本数は16本。
平均的なフシギバナの伸ばせる蔓の数を2倍以上上回る本数の蔓をフッシーは巧みに操る。
蔓は豪雨の中、シューっと音を立て、まるで獲物を狙う蛇のようにカブトプス捕獲を狙う。
ブラックはカブトプスのカマの射程圏内に入ると、何を思ったのか、頭からカブトプスに突っ込んでいった。
残り3秒・・・
“ハイドロポンプ”の速射攻撃を狙うミロカロスは、
豪雨から「水」のエネルギーを大量に得ると、全身に「水」の力をみなぎらせた。
後は狙いを定めて水撃を放つだけ・・・アルトの号令を待つ間、ミロカロスは精神を研ぎ澄ます・・・。
一方、ブラックは泥に頭からダイビングしてうつ伏せの状態でカブトプスの足元に落ちた。
足元に落ちたが、地面の泥によってケガはしていない。だが、カブトプスに背中を完全に晒している。
カブトプスは自分に迫ってくる16本の蔓を見ながらも、足元に落ちたブラックにカマを振り下ろし
完全に息の根を止めてやろうと、思い切り両腕のするどいカマを振り上げた。
残り2秒・・・
ミロカロスはアルトの小さな声を聞くと、その狙いをフッシーではなくブラックに定めた。
みなぎる「水」のエネルギーを口元に集中させると、そこから高水圧の水を放つのだ。
これが直撃すれば、先述の通り、全身複雑骨折の挙句、内臓の圧迫破裂がひき起こる。
しかし、ミロカロスの水撃が到達する前にブラックはカブトプスのカマの一撃で絶命するだろう・・・
思い切り振り上げたするどい両腕のカマを、カブトプスはブラックの背中目掛けて振り下ろした!!
この分ではフッシーの蔓が届くよりもわずかに早く、カマがブラックの背中に突き刺さるだろう。
残り1秒・・・
ミロカロスは“ハイドロポンプ”を口から放った。同時に雷光がビカビカと天で輝く。
そして、カブトプスはブラックに自分のするどいカマを振り下ろした。
わずかに届かない16本のフッシーの蔓。降り続ける雨、うつ伏せで動かないブラック・・・
それぞれが一箇所に集う瞬間、一際眩しい閃光と共に、付近の木に雷が落ちた。
真っ白い閃光がマサラを飲み込み、雨音さえも消えた無の世界に変わる。
閃光が消える刹那の間・・・このレベルの戦い、こういう“間”での戦いが勝利への鍵となる。
「・・・!」
無言、そして無表情なのだが、アルトの発するプレッシャーは驚きに満ちている。
ブラックの背中を貫いたはずのカブトプスのあのするどいカマは
カブトプスの両腕もろともどこかへと無くなっていた。・・・ミロカロスの水撃が直撃したのだ。
そして水撃が通りすぎてから、ブラックがボールから呼び出したカビゴンのゴンが
両腕を失くしたカブトプスの前に、降り注ぐ雨を全身に浴びながら、どっしりと立っている。
雨を浴びるゴンを目の前にしてカブトプスは、その巨体から放たれる異様なプレッシャーに怯んだ。
両腕を失くし直立不動・・・そんなカブトプスをゴンは両手でガッチリと捕まえると
軽々と頭の上にまで持ち上げて、そのまま思い切り振りかぶった。
そんなゴンの“かいりき”は凄まじいの一言に尽きる。
「そのままぶん投げろ!!」
雨に濡れて身体は冷えきり、頭てっぺんから足のつま先まで泥だらけ。
そんな姿、そして現在の状況でもブラックの声から闘志は尽きない。
ゴンはアルトの隣にいるミロカロス目掛けて、思い切りカブトプスを“なげつける”。
意表を突かれたミロカロスは、そのまま飛んできたカブトプスに激突し
追撃用に蓄えていた「水」のエネルギーを全身から発散させてしまった。
「・・・まず、一匹。」
息絶え絶えで、なんとか声を出すブラック。
しかし、唇と顔色は既に真っ青。近くで見れば、奥歯がガチガチと鳴っているのがわかる。
それでもブラックの瞳は死んでいない・・・尽きない闘志、これもブラックの、いや、レッドの強さの一つだ。
フッシーの16本の蔓は、確かに時間的にカブトプス“には”届かなかった。
が、そのすぐ下、カブトプスの足元にうつ伏せで倒れていたブラックの両足にはしっかりと届いたのだ。
あらかじめカブトプスが自身のするどいカマで攻撃してくることなど最初からわかっている。
2度の水撃で、ミロカロスが直接ターゲットとしているのが、自分自身だということも解った。
自分自身が狙われているという事実を逆手に利用しての、同士討ちの誘発。
真っ向勝負を挑むように見せかけ、さり気なく練っていたこの策を仕掛ける・・・。
これは明らかなアルトへの揺さぶり。
遠方でミロカロスに速射のタイミングを命じ続けるアルトに対して
「近くにこないと、こういうことになる。」というメッセージを込めた精神的な揺さぶり。
ブラックが、ブラックらしい戦闘を、決闘をする為に行う揺さぶり。
アルトとの戦いが、決闘になるようにする為の誘いであり
そして、アルトに殺されない為の一種の自衛手段・・・・・・であり
“殺し合い”にならない為の、狂気のセーブに繋がる。
「・・・・・・。」
アルトは無言で、事実上戦闘不能となったカブトプスをボールに戻すと
別のボールを腰のボールホルダーから取り出して、手にしっかりと握った。
そして、ミロカロスと共に、ブラックへと一歩ずつ近づいていく。
アルトからビリビリとくるプレッシャー・・・それはまるで津波が近づいてくるような感覚に陥らせる。
一歩、また一歩、ぬかるむ大地を雪駄で歩くアルト。
歩むたびに雷鳴は轟き、雨は狂ったように降り続ける。
ブラックは身体を寒さに震わせながら、引きつった笑顔で迫り来る津波を見つめた・・・
「・・・彼は、“水神”です。」
「「す、“水神”??」」
すんなりと出た非常識な言葉に、2人は驚きを隠せない。
黒い傘で未だにその顔は隠れている顔あの男は、隣で寄り添って立っている2人にそう話した。
あの後、あの男が引き連れてきた集団に保護されたグリーンとブルーは
応急処置を済ませると、着替えと防寒具、そして傘を受け取って、あの男と共にブラックとアルトの戦いを見ていた。
3人が結構離れた距離で見ていたということと、ブラックは自分の状況と雷雨に阻まれていたことが重なって
ブラックはその存在に気付いてはいない。しかし、精神的に圧倒的に余裕があるアルトは気付いているかもしれない。
2人は立っているのも精一杯の体調だったが、それでも親友の戦いを見て応援したいと思ったのだ。
「まぁ、“神”といいましても“現神”と呼ばれる“神”ですけどね。」
“現神”・・・現実に現存する現在の神。即ち、“存在してしまった神”の意である。
本来、存在を定義することが出来ない“神”だが、人間の一種の“思い込み”の中で在り続けたものが
こうして実際に姿を現した、または実際に存在してしまったということだ。
だからと言って、彼、アルトが存在することが“神”の存在を証明することにはならない。
なぜなら彼は間違いなく人間であり、いわば超能力者の最たるものにしか過ぎない。
その超能力が、通常の超能力者(おかしな表現だが)の遥かに上の能力を持っている“超・超能力”だったという話だ。
しかしその“超・超能力”が気象を操ったりするという“神”の為せる業ならば、“神”と呼ばれても不思議ではない。
「くだらん。」
「言っとくけど、私も科学者の端くれ。・・・そんな非科学的な話をそうそう信じないわよ?」
「ははは、これは手厳しい。」
2人の言葉を笑うあの男。
しかし、未だ黒い傘で顔は隠れているので声と身体しか見えない。
「基本的に彼のような方は、こうして表の世界に姿を見せることはありません。」
あの男は、2人に優しく説明を始めた。一応、2人はその言葉聞く。
その間にもブラックとアルトの戦いは、激しい雷雨の下で繰り広げられる。
先程までがどうだったのかは知らないが、今は、カビゴンとフシギバナ、そしてヌオーとミロカロスが
激しい雨に打たれながら、攻防を繰り広げている。
「だからと言って、裏の世界でも噂程度しか聞かないらしいですよ・・・基本的には」
最後に“基本的には”と付け加える辺り、この男もその辺りの事情は詳しいようで
この男、本来、表側の世界の住人では無いだろう。と簡単に想像がついた。
自然とこの男に対する2人の不審は高まるばかりだ。
「その凶悪すぎる力を迂闊に揮わないように、普段はどこかの山奥でひっそりと暮らしているそうですよ。」
最後に鼻で笑って言葉を終えたこの男。
顔を隠しているのでその表情はわからないが、とにかく只者ではなさそうだ。
ポケモン協会の人間と名乗っていたが・・・どうにも不釣合いな人間だと思うのだが。
特に何も聞くわけでも、言い返すわけでもなく、自然と3人の会話は無くなり
静かに、うるさい雨音と雷鳴を聞くことになった・・・・・・。
「フッシー、“つるのムチ”!!!」
グローブの右手の人差し指は、ヌオーを真っ直ぐ指差した。
泥と雨でぐちゃぐちゃになったYシャツとズボンでブラックは戦う。
未だ、その声から闘志が尽きた様子は無い。かえって、声にエネルギーが満ちてきている。
16本の蔓を再び伸ばして、指されたヌオー目掛けて真っ直ぐ伸びていく。
半分の8本の蔓は真っ直ぐ宙を伸びていき、残りの半分の8本は地を這って伸びていく。
カブトプスと違い、雨の恩恵を受けても素早くなるわけでないヌオーは、この蔓を回避することが出来なかった。
地を這う8本の蔓が2本1組となってヌオーの四肢に巻きついて動きを封じた。
「“キャットオブナインテイル”!!!」
おそらく、フッシーと軽度の“同調”状態にあるのだろう。フッシーの蔓がブラックのイメージどおりに絡み合う。
ブラックがその言葉を叫ぶと、宙を伸びていった残り8本の蔓は、伸びていく最中に絡み合い1本の太い蔓に姿を変えた。
しかしただ太いだけでなく、先端部分は8本の蔓に分かれており直撃すると凄まじいタメージとなる。
その蔓の形状は拷問器具であるキャットオブナインテイルには、鞭が1つ足りないが
確かにその効果もダメージも、まさにそれといえる結果を生み出した。
今までに無い破裂音に酷似した広がりがある音がすると、ヌオーはビクビクと痙攣して地面に倒れた。
痛みで身体は“まひ”状態に、そして肉体的ダメージよりも、精神的ダメージが強かったらしく
地面に倒れるヌオーから、戦闘意欲は完全に奪い去られた。・・・非常にえげつない技だ。
そのまま休まず、ミロカロスに対しても蔓を伸ばしていくフッシー。
この間もミロカロスは“ハイドロポンプ”速射攻撃でブラックを狙い続けていたが
ゴンがその巨体を活かして、ブラックの防水壁として攻撃を耐え続けていた。
最大出力の“ハイドロポンプ”を既に2、3度撃っているのだが、ゴンの耐久力は凄まじく
しっかりと防御姿勢さえ整えていれば、戦闘不能に陥ることは無い。
しかし、それでも既に数十発という水撃を放ち、大半の攻撃を命中させているのだ。
降り続けるこの雨から膨大な量の「水」エネルギーを得て、攻撃をしているというのに
いっこうにゴンは倒れるそぶりも、戦闘不能の兆しを見せない。その理由は・・・
「ゴン、“ねむる”!!」
ブラックが命じると、ゴンは雷雨の下で寝息を立てて眠り始めた。
一撃でしとめることが出来ないので、何発も攻撃をしているというのに
こうして“ねむる”だけで体力を一気に回復してしまうのだ。
この“ねむる”という技、ただ眠るだけならばいいのだが、眠っている最中に
体内で自分のエネルギーを活性化させ、細胞を半ば無理矢理代謝させて回復するという結構な荒業。
こうして体力を回復しながらミロカロスの攻撃を防ぎ続けているのだ。
耐久力や力、そしてフットワークや技の威力、工夫、自由度。
ブラックの手持ちポケモンたちは、彼の力と勝利への欲求を満たすために成長、進化しているのだ。
ブラックの目指す戦いを表現する為に、“あの”状態での彼の力に応える為に。
そうして彼らと彼は、敵を倒すためにその力を合わせる。その力で打ち砕けぬものはないと言わんばかりに。
その表れとして、攻守切り替わりのスイッチがグレイとの戦いに比べて圧倒的に早い。
そしてそんなブラックの命令を聞くポケモンたちも、ブラックについていこうと自然とスイッチが早くなる。
ちなみに圧倒的といっても、1秒早いかどうかの世界での話なので、戦闘に疎いものは解らないだろう。
ブラックは“神”であるアルトを圧倒し始めて来ていた。傍から見れば間違いない。
今の流れに乗れば彼の勝利は目前であることは、素人目にも理解できるほどだ。
しかし・・・・・・
(動じない、揺れない、振れない・・・!!)
戦況を見守るものの思や予想を裏切って、ブラックは間違いなく追い詰められていた。
「グッ・・・」
表情は殆ど崩してはいない。しかし、思わず口から、焦りと苦しみの声が漏れ出す。
しかしここで表情に苦戦していることを表しているようでは、戦闘のプロフェッショナルといえない。
だが実際は、プロ云々の前に実力者としてのプライドとしてそれは存在し、それが一種の常識と化している。
相手の攻撃で表情を崩さず、冷静を装う・・・それは“できて当然”の世界。
その世界で戦い、殺し合い、生き抜いてきたブラックが、こうして声を漏らした。
それが示す事実はたった一つ・・・圧倒的な実力差、それだけだ。
(これは、ヤバいな・・・・・・)
圧倒的に攻めているようで、実際は攻めきれていない2つの事実。
戦場に立つブラックは、その事実に追い詰められているのだ。
その事実のうちの1つは、戦場で倒れているアルトのヌオーが教えてくれた。
(なんであんなに元気になってるんだよ?)
身体の“まひ”状態は治っていないようだが、先程受けた攻撃のダメージがしっかりと回復していた。
まだからだがしびれて動ける状態ではないようだが、もうしばらくすれば攻撃に参加してくることだろう。
無論、アルトが何か回復アイテムを使用したわけで無く、そしてヌオーが“ねむる”をしたわけではない。
考えられることを挙げればいくつか出てくるが、おそらくコレが一番答えに近いだろう。
(この“雨”をエネルギーにしているのか・・・)
考えてみれば、ヌオーがほぼ戦闘できない状態なのに、こうしてボールへと戻さないのは不自然だ。
結果的に戦闘不能となったカブトプスはボールに戻したのに、ヌオーは戻さない。
そこには確実に、ヌオーが戦力として価値があるから残っているのだ。
“まひ”状態で大ダメージを受けた身体、戦意を喪失した精神・・・
コレを覆すほどの一撃が繰り出せるか、または、元の状態にまで回復が出来るか・・・そのどちらかだ。
ブラックの手持ちポケモンたちがブラックの力に応える為に成長、進化したように
アルトのポケモンたちもアルトの力に応える為に成長、進化しているのだ。
本来「水」の技を受けて体力を回復する特性【ちょすい】。しかし、アルトのヌオーはこの豪雨でそれをやってのけた。
こちらの身体を冷やし、戦闘意欲や体力を削るこの雨も、ヌオーにとっては恵みの雨。
いや、アルトのポケモン全てにとって恵みの雨になるのだろう・・・。
(一筋縄ではいかにとは解っていたけど、ここのままじゃあ・・・・)
そしてもう一つの原因は、ブラックがブラックの戦闘を出来ていないということ。
トレーナー同士の駆け引きと、相手の心理を巧みに利用して戦うブラックの戦闘法は
アルトの揺れず動じずの心で見事に封殺され、ブラックに心理のアドバンテージを与えない。
プレッシャーで一種のコミュニケーションをとるアルトが、そのプレッシャーを乱れさせたのは1度だけ。
それ以外ではどうにも効果が薄いようで、一切プレッシャーに乱れが無い。
神としての力も凄まじいが、アルト自身の鉄壁の精神がブラックの戦闘スタイルを封じているのだ。
そうして心の中で焦りを感じていると、アルトの澄んだ水の瞳に力がこもる。
「・・・“れいとうビーム”。」
ボソリと呟いたアルト。同時にミロカロスが青白い光線をブラック目掛けて撃った。
それに対してほぼ反射的にゴンがその攻撃からブラックを庇う。
だが、それと同時にヌオーが立ち上がり、なにやら大技を繰り出す予兆を見せ始める。
ヌオーを指差してフッシーに攻撃を命じるが、ゴンを氷づけにして動けなくしたミロカロスが
その攻撃を“ハイドロポンプ”の速射で封じる。水撃は命中はしなかったものの
地面にぶつかってフッシーの視界を封じるほど沢山の泥を一時的に撒き散らした。
ヌオーの大技を止めそこない、その大技は自然と発動する。
ブラックの好機の流れはアルトの流れに飲み込まれて、戦況は一気に逆転する・・・・・・
「・・・“だくりゅう”。」
空で一際大きな音をたてて雷が轟く。
アルトが呟き、ヌオーが吼える。そして意表を突かれたブラックはポケモンたちと一緒に動けない。
ヌオー咆哮と同時に、周囲の水を吸った大地が大量の雨水と泥と共に一気に流れ出、噴出した。し
ただその規模が半端ではなく、ブラックたちの目の前に1秒としないうちに茶色に濁った鉄砲水を引き起こした。
恵みの雨を受けたその“だくりゅう”の水量と速さは、通常の3倍以上・・・
そしてその莫大な水量によって引き起こされた“だくりゅう”の高さと幅は5メートルを軽く超えて
まるでそれは、地上で起こった津波・・・自分の身長を遥かに超える茶色の水の壁が、目の前に立ちはだかった。
あの時感じたプレッシャーが、そのまま技としてこの身を襲う。
「・・・・・・ッ!!!」
驚きのあまり声も出ない刹那の時。
わずかそのコンマ1秒後、ブラックは手持ちポケモンたちと一緒に“だくりゅう”の津波に飲み込まれた。
雷雨のマサラに、茶色の激流が流れた瞬間であった・・・・・・
第23話へ・・・