矛盾したプレッシャーを放つ者・・・最強の万が一の保険、その名は・・・・・・
木枯らし吹く晩秋のカントー地方に雨の予感。
薄黒い雨雲がびっしりと空を覆いつくし、今にも雫を落とそうとしている。
雨雲が暖かい太陽の光を遮り、その暖かさと同時に明るさも奪っていく。
もうじき、雨が降る・・・・・・
切り裂かれたYシャツに、薄っすらと赤い血を染みこませて
黒き青年は何かを感じ取り、そして1人で動き出した。
故郷を守る為に、仲間たちを守る為に、そして落とし前をつける為に・・・
これから始まる壮絶なる死闘を覚悟して
青年は故郷に迫るその存在を迎えうつ。
時は、ピンクとイエローの戦闘の途中にまでさかのぼる
PAS Chapter3 第21話 “最強の万が一の保険”
先程ペルシアンの爪の一撃で受けた胸の傷がジンジンと痛む。この痛み方は出血している証拠だ。
グレイとの戦いで黒いスーツを脱ぎ捨てたので、おそらく白いYシャツに染みている赤色は、相当目立っているだろう。
だが、その目立つ赤色に気付く者はいないだろう。自分の目の前に居る美しい金髪をしたポニーテールの女の子も
必死になって自分のポケモンに放たせる“わざ”の名前を叫んでいる。
今の彼女の意識がこちらを向くことは無い。そして、本来自分を狙うべき彼女の対戦相手もこちらに意識を向けない。
しかも、彼女には攻撃を仕掛けるタイミングを教えようとしたが、力強い言葉でそれは遮られた。
いつもと違う彼女の反応に、呆気にとられてしまった。
別に意識を向けてもらいたい訳ではないが、彼女たちがこうして戦うのはやはりおかしいだろう。
どちらも本来の目的を忘れて(金髪の女の子の目的はよく知らないが)相手を倒すことに没頭している。
何がここまで彼女たちを動かすのか・・・・・・永遠に彼には導き出せない答えだ。
そんなことに頭を悩ませているのだが、それ以上に薄気味の悪いプレッシャーを放つ存在も気がかりだ。
思考は彼女たちの対処を考えながらも、心や直感はそのプレッシャーを感じ取り、警戒し続ける。
今にも雨を降らせそうな分厚い雨雲の空の下で、ブラックは彼女たちを前に動けないでいた・・・
「・・ペルシアン、“きりさく”!!!」
ここにきて、しばらくの間続いていた彼女たちの膠着状態の戦闘に動きがあった。
ピンクのペルシアンが、殺傷力の低い技ではなく、思い切り殺傷力の高い技で攻撃を仕掛け始めたのだ。
このままのテンポでピンクが攻めてしまえば、ほぼ間違いなくイエローは押し切られる。
そう考えると、ブラックは自分の動きを止めることができなかった。
「イエロー、ここは一度距離をとら「だから、レッドさんは口出ししちゃダメです!!!」
これまた戦闘指南は彼女の声で遮られる。
何をムキになっているのか・・・流石にかなりの苛立ちを覚える。
ここは彼女の真意を突き止める為にも、自分の苛立ちの解消の為にも
そしてなにより彼女の為にも・・・強く言い出る必要があるだろう。
そう思ったブラックは言葉を遮った彼女に強い言葉を浴びせる。
「お前が心配だからこうして!!」
「心配は後でいいです!!」
先程と同等の強い口調で彼女も言葉を返してきた。だが今度はブラックも引き下がる気は無い。
それまでピンクとの戦場に目を向け続けていたイエローだったが、ここで彼に視線を移した。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
ムッと睨みあい、お互いに感情をぶつけ合う。
“昔の”彼と彼女の関係ならこういうことは無かっただろう。それともこの状況がそうさせているのか。
彼女の瞳の奥にある何か深い感情を感じ取れたが、その感情の正体も原因も掴むことはできない。
睨みあう2人だったが、都合よく時は止まったりはしない。無論戦場では時が流れ続けている・・・
「また痴話喧嘩??」
ピンクの嘲笑と同時に発せられた煽り文句に、ブラックはイラつきは覚えなかったが過剰な反応を見せた。
その間戦場では、主人からの命令待ちのイエローのドードリオ ドドすけが
ペルシアンの爪の一撃からひたすら逃げ惑い続けていた。
「だから、“もう”痴話じゃない!!」
その過剰反応を言葉で表すブラック。この時もまだブラックとイエローは睨みあい続けていた。
視線を移さなかったのでこの時のピンクの表情はよく解らなかったが、おそらく嘲笑っているだろう。
意識がイエローではなくピンクに向いていたため、イエローが自分から視線を外したことに気がついたのは
少し遅れてからのことだ。 視線を外したということは自分の主張を理解してもらえたのだろうか?
そんな考えと思いをしながら、何だかんだで自分の意見を聞いてくれたイエローに、今度は優しく話しかける。
これ以上彼女に強い言葉で話す必要性は無い。
それに、例え今がどんな状況で、どんな関係でも、彼女にはそういう言葉をかけ続けたいとは思わない。
「お前には無茶して欲しくない・・・だから・・・」
聞いているようなそぶりはあるが、こちらを見てはくれない。
自分の思いをしっかりと相手に伝えるには、相手の目を見て話すのが最も効果的だ。
ブラックはイエローを自分の方に振り向かせようと、手をイエローの顔に伸ばした・・・
ドクン・・・
大きな大きな心音。
その音は、言葉を言いかけていたブラックの耳に響き渡った。
伸ばした腕を引っ込めて、刹那の時でブラックはその音の正体を直感的に悟った。
先程まで感じ取り続けていた“あの”プレッシャーが変化してきたのだ。
ドクン・・・
あまりにも大きすぎる心音。嫌でもその存在を認めざるを得ない。
これは意図的なプレッシャーの掛け方。矛盾したプレッシャーの持ち主でありながら
ここまで高度な威圧が出来るとなると、自分が想像していた呼び名がやはり当てはまる。
ドクン・・・
鼓動のプレッシャーがブラックをしつこく襲う。
これは、悠長なことをしている場合ではない。
強大で強烈、異様で不気味・・・周囲を見渡すが、このプレッシャーを感じ取っているのはおそらく自分だけ。
どうやら、プレッシャーの主は自分を指名しているようだ。
ここは呼び出しに応じるしか・・・
ドクン・・・
プレッシャーの心音と、自分の心音がシンクロする。
周囲を見渡してみて、そして今の状況を考えれば
“ここを残していけるかどうか”という、単純な心の引っ掛かりが明確となる。
ドクン・・・
イエローのことも含めて再び戦場を見渡せば、ここから自分が動けるはずがないと気付く。
ここをこのままにしておけば、イエローと彼女のポケモンたちは傷つき、または死だってありうる。
そんな危険な状態のままでここを離れるわけには絶対にいかないだろう。
さらに付け加えるなら、今の今まで一度たりとも一度降り立った戦場には全力を出し切り、戦ってきた自分。
どんな条件や状況であれ、戦場の放棄など考えられない。
ドクン・・・
そんなことを考えていくと、既に先程自分が発した言葉と大きく矛盾した答えが導き出される。
“イエローにこの場を任せる”・・・そういう選択肢だ。
しかし、既にある程度見えている未来のヴィジョンを考えれば、ここをこのままにしておくことは出来ない。
そしてピンクと、闇の世界の住人たちとイエローをあまり関わらせるわけにはいかない。
強いてはこれ以上仲間たちを、自分の持ち出した闇に巻き込ませたくは無い。
だが、ここまで強力な呼び出しを受け、さらに、その存在が非常に危険な存在と思われるのなら
やはりこの場を放棄し、イエローしか託せる人がいないのなら、ここは全てを任せて呼び出しに応じるしかない。
呼び出しに応じなかった場合、どれだけの被害をマサラや仲間たちが被るのかは想像もできない。
どうする・・・・・・?
ドクン・・・
悩むブラック。無論、この時まだイエローはブラックの言葉を待っている状態である。
わずかな時間でここまでの答えと選択肢を導き出したブラック。これは彼が相当な集中状態にある証拠だ。
今の自分自身の状態を含めて、この状態を、この状況を長く続けるわけにはいかない。
そして、その悩みさえも解消させるほど強大な存在感が、危険な存在が近づいて来ている。
自分を指名してきているプレッシャー・・・それを感じれば感じるほど、自分自身の存在に嫌気がさした。
異様に高いテンションで繰り広げられたイエローとピンクの戦い。
ここを離れれば、あのテンションで戦闘は続く。イエローの身の安全は保証できない。
一応、“大切なもの”と“特別”の戦い・・・・
この戦いでイエローをこれ以上傷つけるのは絶対に避けたい。
これ以上、彼女に迷惑をかけるわけには絶対にいかない。
そしてピンクの“特別”は・・・・・・
ドクン・・・
そうして頭の中で何でも答えを探すと、焦りが生じてくるものだ。
そのせいなのか、決断を急かすような心音が耳障りなほど大きく聞こえる。
思いはここに残ることを選んでいるような気がする。
だが、このプレッシャーの存在を無視は出来ない。そう身体は告げた・・・
「・・・無茶しない程度に、がんばれ。」
なんだか自分でも訳のわからないことをやっている。これが心と身体が一致しない行動というものなのか。
その言葉がよほど意外な言葉だったのだろう、イエローは相当驚いていた。
しかし今はそれに構うことはできない。突然彼女たちに背を向けて歩き出した。
迫りくる矛盾したプレッシャーの存在に出会う為に・・・
薄黒い雨雲が空を覆い尽くし、空の色を灰色へと変えていく。
雨がもうじき降り始める・・・・・・
足がほとんど勝手に動く。まるでプレッシャーに呼び寄せられるように。
不思議な矛盾したプレッシャーを放つ存在に、ブラックは一種の好奇心に近いものを若干感じていた。
闇の世界に足を踏み入れて、そして染まってみて最も大きな収穫といえるのがこれである。
強者との出会い・・・ただし、その戦いは決闘ではなく殺し合い。
この収穫で喜ぶわけには本当はいかないのだが、こうして一種の好奇心を感じているということは
やはり心のどこかで今の自分の状況や自分自身に後悔をしていない節があるということだ。
ジンジン痛む胸の傷、筋肉で引き締まってはいるが、少し痩せこけた身体にまた新しい傷が増えた。
今の状況、そして状態では二度と受けることのないあの“奇跡”でも起きない限りは
この全身の傷を、跡形も無く癒しきることなど絶対に不可能だろう。
ただもしも、あの女の子が生きていたとしたら・・・きっと、あの“奇跡”など無くても傷は癒えただろう。
「こんな、つまらないことを・・・いつまでも・・・・・・」
苦しそうに一人呟くと、右手の古傷が痛む。“つまらないこと”では無いと身体が告げている。
傷の痛みにここまで勝手に動いくれていた足が止まった。
無論この間もプレッシャーは心音のように変化して、彼の耳に聞こえ続けている。
ブラックは目を閉じた。
ドクン・・・
普段ならこのまましばらく感傷に浸っていることが多いのだが
この耳障りな心音のプレッシャーが自分を包み続けるので、鬱陶しくてしょうがない。
足を動かそうと思ったが、心音の大きさが変化していることに気がついた。
徐々に、そう、近づいてきている。 心音は初めに聞いたときよりも明確で大きい。
あまりにも大きくて強いプレッシャーだったので、呼んでいると思っていたのだが、
そうではない、プレッシャーはこちらに近づいてきている・・・・・・
“つまらないこと”を思い出して正解。一度目を閉じなければ感覚を集中できなかった。
どうすればいいのかわからなくなった時もそうだった。“彼女”の存在は、どうしてこうも自分を救うのか。
ドクン・・・
ブラックは心を何とか落ち着けて、プレッシャーを聞く。
目を閉じることにより絶たれた視覚。しかし、それによって聴覚や第六感がすこぶるよくはたらく。
当初迎え撃つ予定だったが、プレッシャーに乱れが無いことを考えると
存在は寄り道せずにこちらに真っ直ぐと向かってきている。向こうもこちらの存在感を感知できる程の存在のようだ。
ふとここで一度目を開けて周囲を見渡す。
辺りに民家は無く、延々と晩秋の草原が広がっていて、そして遠目を効かせれば町の出口が見える場所。
ここはマサラのほぼ中心部。自然以外何も無いマサラの草原・・・
無意識のうちにそういう場所を選んでいたようだ。我ながら自分が怖い。
他の場所で戦っているであろう仲間たちのことが少し気にかかったが、親友2人に限って敗北は無いだろう。
カーマインの実力が騎士たちの平均的な実力だとすれば、親友2人なら究極技を使えば勝利は出来るはず。
ただ、あの“ウェポン”が使われた場合はどうなるかはわからない。それでも勝利するとは思うが。
問題はイエローだ。彼女にピンクを攻略する術は殆ど無いだろう。
唯一、“あの”技が使いこなせればあるいは・・・という感じなのだが、それでも基本的な戦闘能力差が大きすぎるだろう。
あとは何故か知らないが、あの調子のよさをキープしてさえくれれば、死やケガは避けれるかもしれない。
一度決心したことだが、イエローが死ぬ、最悪でもケガを負うと考えたとき
やはりあの場は残るべきだったのかと、自分の判断が揺らぎそうになった。
ドクン・・・
・・・・・・いや、真っ直ぐ向かってきているこの存在とのこれからの戦いを想定すれば
あの場に残ってイエローを巻き込まなかっただけでもよかっただろう。
自分の選択を間違いと思ったらそこで負けだ。
ブラックは再び目を静かに閉じて意識を集中し始める頃には、感傷に浸りそうだったことなど忘れていた。
きっとこれも“彼女”の意思なのだろう。
ドクン・・・
近づく心音。いい加減聞きなれたが、徐々にボリュームを増していくので少々苛立つ。
それでも集中を解かず、近づいてくる存在を待ち構える。
ドクン・・・
現在の状況から言わしてもらえば、十中八九近づいてくる存在は敵なのだが
それでもブラックはボールホルダーに手を回そうとも、ボールを手に取ろうともしない。
正々堂々、真正面からぶつかり合う。 今の彼でもこの流儀は基本的にはゆずらない。
ドクン・・・
辺りの湿度が増したのか、異様に土のにおいがした。
イエローとピンクが戦っている間にもそんなにおいがしたのだが、それとはまったく別。
これは・・・雨が降る予兆だ。
ドクン・・・
ドクン・・・
ドクン・・・
しばらくの時が流れ、何度かのプレッシャーを聞き続けた。
そして、
ドクン・・・
今まで一番大きなボリュームで心音が聞こえると同時に、草原を歩く足音が聞こえた。
その存在は、目の前に立ったのだ。
ブラックはゆっくりと閉じていた目を開いた・・・
目の前には、明らかにこの季節には不適切な格好をしている薄っすらと青い髪をした青年が1人。
不適切な格好というのがこれまたレトロな紺の“甚平”だ。足元は雪駄、極めつけは手に持った唐傘。
確認しておくが今の季節は11月の中旬。そして、目の前の青年がしているのは明らかに真夏の格好だ。
どう考えても寒い、いや、間違いなく寒い。今、裂かれたYシャツと黒いズボンの自分が肌寒さを感じているのだ。
子供のように代謝がよくて体温が異様に高い人なのかもしれないが
それでも絶対に寒いだろう・・・それとも財力的にその格好をするしかないというのだろうか。
「その格好、趣味か?」
第一声、どうしても気になったので聞いてみた。目を見て話そうとしたのだが、目は閉じられている。
集中しているのかそれとも感情を隠しているのか。それとも両方か・・・
ただ、ビリビリくる存在感は本物。この存在を、青年を意識せずにはいられないといったレベルの存在感。
そして初めて感じる矛盾したプレッシャーも確かにこの存在から感じ取れる。
「・・・・・・。」
青年は無言のままいつまでたっても返答しない。
無駄口をしない人間か、それとも怒っているか。はたまた両方か。
ブラックはその質問を諦めて、別の質問をぶつけてみた。
「多分、オレの名前は知ってると思うからあえて名乗らないが・・・お前の名前、教えてくれないか?」
若干だが挑発気味に。
質問を兼ねて現時点で相手との心理のやり取りは始まっていた。
この揺さぶりで揺れるのか、揺れないのか。または、切り返すのか、それ以外の反応なのか。
行動によって相手の精神的、心理的な戦闘の技量を確かめることが出来るのである。
“殺し合い”や“決闘”というレベルの戦いにおいて、心理戦は一つの鍵だ。
今までの話を読んでいただいた読者の方なら、その重要度はご理解いただけるはずだ。
「・・・アルト。」
非常に澄んでおり、純粋で美しいのだが、どこか凶悪なほど強力な力を秘める声。
格好はレトロだが、声は見た目の歳相応と言った声。
そんな声を例えるならば、それは“水”。
直感が正しければ、この存在は・・・・・・
「で、アルトさんは何か御用で?」
「・・・・・・。」
白々しくブラックは聞いてみた。
するとアルトのプレッシャーが変化して敵意むき出しになった。なんと解りやすい。
口数が少ないタイプのようで、その分雰囲気やプレッシャーで意思を伝えてくる。
グリーンのように無口でクール、それでいて感情的。といった上手く出来た人間でないことが伺える。
口が上手くないから雰囲気やプレッシャーで伝える、それは即ち虚をつくことは無い。寧ろ、つけない。
なのでこの存在と話をしたり、一緒にいることは非常に大変だろう。
(アルト・・・そういえば、確か・・・・・)
存在の名を聞いてからしばらくして、ブラックはその正体に気がついた。
双子姉妹から貰ったあのディスクにあった名前に“激流のアルトラマリン”というデータがあった。
アルトラマリンを呼びやすくしてアルト・・・そう考えれば、そして今の状況から考えれば
目の前のこの存在、アルトは、あの古城で唯一会うことがなかった最後の、12番目の騎士
“激流”の騎士 アルトラマリン・・・・・・その人だ。
実力は戦わずともその特殊で、強力なプレッシャーで感じ取れる。
圧倒的にずば抜けている・・・弱くてグリーンと同等、強ければ、サカキ、いや、それ以上の存在。
現にボールからポケモンを出すという単純動作を行う隙が無い。
未だに目を閉じて微動だにしないアルトからは、研ぎ澄まされた居合の達人のようなプレッシャーが放たれている。
迂闊に動けば死・・・そう予感させるアルトのプレッシャーに、ブラックは思うように動けない。
それに、ブラックには先駆け担当のニョロボンのニョロが戦闘不能で上手く仕掛けることが出来ない。
“ない”もの続きで早くも厳しい選択を迫られるブラック。グローブの右手をギュッ、ギュッと動かした。
その動きはまるで西部劇のガンマンのようだ。一瞬の抜き手のタイミングを伺う研ぎ澄まされた戦い。
ブラックは大きく息を吸うと、それをゆっくりとはいた。
瞬間、打撃音が重なり合い戦いの始まりを告げた。
ワクワクと絶望が同時に訪れた。その証拠にブラックの表情は危機を覚えているのだが、口元はニタついている。
ブラックのピカチュウ ピカの“アイアンテール”を、アルトのカブトプスはカマを交差させて受け止めた。
(こりゃあ、冷静に相手の状態を見ていられないな!!)
ブラックは無駄に熱くなっていた。
ホルダーからボールを抜く抜き手の速度は同じようだ。
寧ろ受けの体勢でいたアルトがここまで対応したことを考えると速度は若干向こうのほうが速い。
しかも、既にある程度の距離をとっているところを見ると、運動能力そのものも向こうのほうが上ということが解る。
ピカを鎌で払いのけると、カブトプスは真っ直ぐブラックに向かう。
一撃で戦いそのものを終わらせたいらしい。・・・だが、そう簡単には決着はつかなさそうだ。
「ピカ、“10まんボルト”!!」
宙を舞っている黄色く小さい身体に、殆ど一瞬の間にバチバチと音をたててみるみる電気が帯電する。
その間に真っ直ぐ迫るカブトプス。するどいカマを光らせてブラックを切り裂こうと駆ける。
ピカに比べて動きの鈍いカブトプスは、すぐにピカに追いつかれて、強烈な電撃をその身に浴びた。
電撃特有の閃光と凄まじい破裂音がすると、カブトプスは辛うじて戦津不能は免れたものの
大きなダメージを受けて、身体が硬直してしまっている。
(アルトが6匹持ちだったら、こっちは戦力的に既に負けてる・・・ここは確実に決める!!)
ブラックはその黒い瞳だけを動かして空模様を確認すると、右手で天を指差した。
「ピカ、“かみなり”!!!」
ピカはブラックの声を聞くと、高く飛び上がって自分の電気エネルギーを放出した。
放出された電気エネルギーは空の雨雲に溶け込むと、何百倍にも増幅されて雷を落とす。
通常の“かみなり”よりも遥かに強力な“かみなり”を自然の力を利用して放った。
「・・・“あなをほる”」
ボソリと小さな声で呟かれたカブトプスへの命令。
ピカが電気エネルギーを放つ間に何とか立ち直ったカブトプスは
するどいカマを巧みに使って草原に“あなをほる”。
そして地面に潜りこむと、“かみなり”の一撃をどうにかやり過ごす。
「ピカ、気を抜くな!!」
ブラックの焦り声を聞いたピカは丁度、跳ね上がってから地面に落ちてくるところ。
地面の隆起はピカの着地にタイミングが合わされており、このまま着地すれば隆起の真下だ。
隆起はモコモコと近づくき、自由落下してくるピカの真下で動きを止めた。
「・・・“きりさく”」
「“アイアンテール”!!」
地面からニュッと飛び出てきたカマを、ピカは“アイアンテール”で迎え撃つ。
しかしブラックの顔はその結果にかなり渋い表情を浮かべる。
隆起から飛び出てきたカマは1つ、カブトプスにはカマは2つ。すなわち・・・
「・・・もう一振り。」
隆起からもう1つのカマが飛び出てきて、ピカの身体を見事に切り裂いた。
ピカは大きく傷つき、さらにボトリと隆起の真上に落ちてしまった。
このままカブトプスに八つ裂きにされる・・・そう思われたが
攻撃を仕掛けようとしたカブトプスだったが、主人のプレッシャーを感じ取り、
今まで潜っていた隆起に戻って主人であるアルトの前に姿を現した。
「流石にそれくらいは解ってるか。」
ブラックは残念そうに呟くと、手早くピカをボールへと戻し、
別のボールからフシギバナのフッシーを呼び出した。
それを見ると、カブトプスはガッチリと身構えた。苦手とする「草」タイプのポケモンに対する警戒だ。
「・・・・・・。」
アルトは特に驚く様子も無く、目を閉じたままうんともすんとも言わない。
言葉では何も言わないが、彼のプレッシャーはまた研ぎ澄まされたものになっている。
集中・・・いや、思考状態と言ったところなのか。ブラックはそのプレッシャーの分析を始めていた。
アルトのコミュニケーション手段であるプレッシャーを理解できれば格段に有利になる。
ちなみに、カブトプスに攻撃を中断させた理由は、先程の攻防でピカが
素早く“10まんボルト”の電撃を行えるということが解ったので中断させた。
仮に先程飛び出してピカを八つ裂きにしようとすれば、カマの一撃が繰り出される瞬間くらいには
超至近距離で“10まんボルト”をモロに浴びることとなるからだ。
あまりの大ダメージに身体が硬直してしまうほどの威力だというのに、それを超至近距離で浴びたとなると
しかも自分の弱点の攻撃を受けるのだから、間違いなく戦闘不能に陥っていたところだ。
「・・・・・・。」
ピクリとブラックの第六感が何かを感じた。静かなアルトから、再びあのプレッシャーが感じ取れた。
“人”のようで“人”でない、感情的なようで感情的でない、あるようでない。
それでいて、“人”でないようで“人”で、感情的でないのに感情的で、ないようである。
矛盾したプレッシャーが目の前のアルトという“存在”が放っている。
ただしそれは今まで感じ取っていたものの比ではない。より大きくより強い、何かが起きようとしている。
(“ウェポン”か・・・?何にせよ短期決戦に持ち込むつもりか。)
感じ取るだけで不快な矛盾したプレッシャーに、何かが来ると直感的に感じたブラックは
それが発動する前に勝負を決めようと、フッシーに攻撃を命じる。
フッシーはブラックの前で2本の蔓を伸ばすと、既に待ち構えているカブトプスへと攻撃を仕掛けた。
長い蔓が大きくしなり、遠く離れた距離でカブトプスに攻撃を仕掛けるフッシー。
“つるのムチ”の攻撃に行動を封じられて、カブトプスは自分が得意とする至近距離戦に持ち込めず
攻め手を欠き、ひたすらフッシーの攻撃を受け続けた。
「・・・・・・。」
無言のアルトは先程よりもあのプレッシャーを強めて、何かをしようとしている。
それを見たブラックは、それを発動される前に決着させようと考えてはいるが
身体がフッシーに決定的な攻撃を命じさせない。 そう、身体はアルトの力が見たいのだ。
アルトが一体、今から何をして、どんな力を使い、どんな戦術を取るのか。
“戦う者”の心が深層心理にそう働きかけるのだろうか。何にせよ、アルトの様子を見ていると
身体中から嫌な汗をかき、心も思考も落ち着きが無くなる。生命の危機を伝える警鐘がなり始めている証拠だ。
「決めるぞ、フッシー!!!」
ブラックはキレのよい声と同時に、カブトプスを指差した。
フッシーは蔓の本数を増やして、4本の蔓でカブトプスに一撃を加えて大きく吹き飛ばした。
戦闘不能にはなっていないだろうが、しばらくは痛みで動けないだろう。
このダメージに余韻が残るところが鞭の利点の1つであり、恐ろしいところだ。
それを見たアルトは手に持っていた唐傘を地面に置くと、両手を胸の前で合掌させた。
「・・・雷雨招来。」
ボソリとアルトは呟いた。
すると、その言葉と同時に空を覆っていた雨雲から雫が一斉に降りだした。
冷たい雨が猛烈な勢いで降り始める。その勢いは台風などの比ではない。
真っ黒い雨雲の間を閃光が暴れ狂うと、全ての生物を怯ませる程の雷鳴が鳴り響く。
風は全く吹かず、雨がひたすら真っ直ぐ落ちてくる。そして10秒に1回は雷鳴が轟く。
突如起こった嵐にフッシーは困惑していた。ブラックは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
「・・・まさか、雨を呼んだのか?」
ブラックは苦笑いを浮かべたまま空を見つめる。
冷たい雨がブラックとフッシーの身体をびしょびしょに濡らす。
しかも時期が時期なので、雨の冷たさはまるで刃物のように痛い。
そんな冷たい雨を受ければ、普通は5分としないうちに体温が低下し運動能力を失わせる。
轟く雷鳴。
激しさを増していく雨。
ブラックはコレを起こしたであろう目の前の存在を見た。
合掌をしたままこちらを睨みつけるアルト。今、初めてブラックは彼の瞳を見た。
彼の瞳は淡くだが確かに青く発光しており、瞳にはキラキラと水の照り返しが見える。
瞳の力は強く、おそらく今の彼はこの雨の冷たさ程度感じ取っていないだろう。
ブラックがアルトを見ていると、その間にアルトの元へとカブトプスが戻ってきた。
それを見て、戦闘を再開しようと思った矢先、ブラックを強烈な悪寒が襲った。
(長期戦は・・・厳しいな。)
早くも冷たい雨がブラックの身体を冷やし始めたのだ。
全く身体は温まってこず、逆に身体は冷え、寒さに震え始める。
フッシーの様子を見ると、フッシーは「草」ポケモンなので「水」には滅法強いらしくまだ大丈夫のようだ。
それを確認したのはアルトとカブトプス。アルトは合掌を止めて、ブラックを指差した。
「・・・切り裂け。」
冷酷に言い放たれた言葉と同時に、アルトの背後で雷光が輝く。
カブトプスはするどいカマを雷光で輝かせて、猛スピードでブラックに迫った。
そのスピードは、先程ピカと交戦したときとは比べ物にならないほどのスピードだ。
「チッ・・・フッシー頼む!!」
いきなりの猛スピードに距離をとろうとしたブラックだったが
この瞬間、これから始まる死闘の恐怖を知った。
(足元が・・・ぬかるんで・・・!!)
刹那、ブラックの顔が青ざめた。
雨でぬかるんだ土に靴がはまり込み、瞬発的な運動が出来ない、動けない。
張り付いてくる自分の衣服と、ぬかるむ足元が彼とフッシーの機敏な動きを制限した。
加えて冷えた身体なので、よりその運動能力は奪われる。
フッシーの蔓がカブトプスを狙うが、猛スピードで動くカブトプスの動き全く捉えきれない。
「・・・“きりさく”」
アルトが呟くと、再び雷鳴と雷光が激しさを増す。
一気に間合いを詰めて、ブラックの目の前に立ったカブトプスは
その両腕のするどいカマを思い切り振り上げて、ブラック目掛けて振り下ろした・・・・・・
(予想通りか・・・)
瞬間、雷の閃光がマサラを覆いつくし、真っ白い世界だけになった。
(コイツは・・・アルトは・・・激流の騎士は・・・)
(・・・・・・“神”だ・・・・・・)
激しい雷鳴と雷光、そして晩秋のカントーの空で暴れ狂う。
雷が暴れれば同じように空は猛烈な勢いで雨粒を落とす。
閃光に包まれた雷雨のマサラ。
絶望の雨は目覚めの雨となりて、仲間たちを呼び起こす。
激流の騎士と戦場の統制者・・・2人の死闘は、今、始まったばかりである。
第22話へ・・・