捜索の名の下に、旅立った青年・・・交錯する思いと目的・・・・・・
PAS(red side) Phase.10 贖罪の旅路(前編) −ホウエン地方にて−
冬はいつの間にか去って、春の風が吹き始めるのはこの地方がおそらく一番早い。
彼の故郷とまた違った自然が辺り一面に存在する。
ジグザグマが草原を駆け抜けて、オオスバメが青空を飛ぶ。
そんな中を彼はのほほんといった感じで一人歩いている。
ぽかぽかの春の日差しが彼の姿を照らし出した・・・・・・
いつも通り、と言っても、我々が知っている帽子姿を想像しがちだが
彼は旅立ったときから帽子は着用していないので、この場合
ジャケット、ジーパンのあの格好でいるのだ。
変化した場所はそこだけではなく、右手には少々大げさとも思える
薄生地のオープンフィンガーのグローブをしている。
草原を抜けてどこかの林道に入る。
しばらく歩き続けると、どこからか悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえた場所に駆けつけると、一人の若い女性がダーテング3体に囲まれている。
一応、手持ちと思われるマッスグマで応戦したようだが、最終進化形態3体相手は流石に
厳しかったようで、主人を守った身体はボロボロに傷つき倒れている。
悪タイプらしいギラギラとした凶悪な瞳に囲まれて
その女性は恐怖のあまり腰を抜かしてペタリと座り込んでしまっている。
ダーテングたちは女性に襲い掛かろうと野生をむき出しにした。
次の瞬間に訪れるであろう激痛と恐怖に女性は目をぎゅっと瞑った。
「・・・・・・っと。」
女性の前に大きな巨体が突如出現して、襲い掛かるダーテングを弾き返した。
その隙にレッドは女性とマッスグマを抱えて安全な場所へと移動させる。
「“ころがる”!!」
レッドの一言で、大きな巨体の正体である いねむりポケモンのカビゴンは
その巨体を丸くさせて、まるでボーリングの球のようにダーテングたちに転がりだした。
ゴロゴロと転がってくる巨体に驚いて、ダーテングたちは逃げ出してしまった。
「ゴン、お疲れさん」
レッドはゴンをボールに戻すと、助けた女性に声を掛ける。
「ケガ無い?」
傷ついて瀕死状態のマッスグマにバッグに入っている“元気のかけら”を与えて、ケガを治療する。
「・・・大丈夫です、ありがとうございました」
「それは良かった。」
レッドが目を細めて優しい笑顔を浮かべると、またバッグから“きずぐすり”を取り出して
マッスグマの治療を女性と話しながら続ける。
「・・・よし。」
レッドはマッスグマの治療をある程度終らせると、意識を取り戻したマッスグマの身体を撫でる。
「じゃ、次は気をつけてな」
笑顔でその場を立ち去ろうとしたが
「あの、お名前は・・・?」
珍しく自分の名前を聞いてきたので少々困惑しつつ
「お教えするほどの名前じゃないよ。」
そういい残すと、レッドはその場を立ち去った・・・。
レッドが妙に人助けに手馴れていたのには訳がある。
確かに彼の性格や前歴から人助けは得意分野の一つだが
ここ最近は、本来の目的であるロケット団残党の捜索をしつつ
人助けをするというのが彼の当たり前となっていた。
先程の女性も特別と言うわけではなく、既に助けてきた十数人のうちの一人なのだ。
困っている人を放っておけない性分というのも理由の一つであるが
もう一つ、彼を人助けに駆り立てさせる大きな思いがある。
それが、“贖罪”。
大切な人を守れなかった自分への罪、仲間達を裏切り、傷つけた罪、多くの幸せと命を奪った罪・・・・・・
少しでも、ほんの少しでも、他者の為に生きる以外に、自分の存在を許せなかった。
大切な人を失った時点で自分も死を選びたかったが、それはいけないとあの男は言った。
その言葉と、絶望の中を生きる術で今はとりあえずこうして生きている。
よくよく考えてみれば、死とは残された手持ちたちのことも考えていない身勝手な考えだ。
特にキメリアンはどうなってしまうのか?
様々な疑問と戸惑いと問題が、罪と共にレッドの精神を追い詰め続けている。
死による贖罪を望む心。
死による開放を許さない立場。
死を望んではいけないと教えたあの男。
それらを忘れるためにも、ただがむしゃらに人助けをして気を紛らわそうとした。
これも理由の一つなのかもしれない。
立ち去った後、また道を歩き続けた。
森を抜けて道なりに歩いていくと、多少大きな街に出た。
この街にはこちらの地方で最大規模の、トレーナー支援ツール等を開発している企業がある。
ここでやっと旅の目的の一つを行うことができる。
「何か手がかりは?」
レッドは街角に立っていた男にいきなり話しかけると、話しかけられた男は、そのままレッドと会話する。
「アナタが来るまでの間にある程度視察していますが・・・何処の街もこれといった情報は・・・・・・」
この会話の内容から、この男の正体はどうやらポケモン協会の人物のようだ。
ポケモン協会は極秘裏にロケット団残党を討伐するために包囲網を全国単位で展開している。
いままでの協会とは思えないほどその活動は積極的で、まるでロケット団を殲滅、いや、根絶しようとしているようだ。
しかしそれなら何故、マグマ団やアクア団の残党、カントー四天王だってそういう行為を受けてもおかしくないはず。
協会にはいまだかつて無いくらいの不審感が自分の中に存在しているのだが
今はまだその不審を暴く時期ではない。仮にそんなことをしてみれば、故郷の仲間達に何があるかわからない。
そんなことを考えながらレッドはとぼとぼと歩いて、街の外へと出た。
一度来た道を引き返して、街の前にある大きな湖の前を気晴らしに散策することにした。
湖では釣り人や、橋の上ではダブルバトルをしている人や、フラワーショップ等があり
穏やかな時が春の暖かさと共に流れている・・・・・・
そんな中、一人の男が釣りをしているのが何となく気になってレッドはその男の元へと向かった。
その男は森を背に釣りをしており、白髪交じりの黒髪に長袖のシャツと長ズボン。そして薄い上着。
非常にラフな服装でのんびりと釣りを楽しんでいるようだ。
こんなどこにでもいるような男に興味を惹かれたのはたった一つの理由。
そこに人がいるのが直感的に不自然に思えたからだ。
レッドは別に釣りに関する専門的な知識があるわけではないので、男がそこに陣取った理由は定かではないが
ただ、その場所に存在すること自体がなんだか不自然に思えた。
「・・・釣れてますか?」
レッドは背後から話しかけた。(釣り人に話しかけるときは、背後から話しかけるのが普通である)
背後からの声に振り向くことなく、釣り人はレッドに返事をする。
「釣れないな」
第一声で感じたのはなんと言うか、理系の学問を突き詰めていそうな典型的インテリ人という印象だった。
あの大企業がすぐ近くにあることから、企業の開発スタッフか技術者と考えるのが妥当であろう。
話が合うタイプの人間と思えなかったことと、釣りの邪魔になると思ったので
レッドはこの場から立ち去ろうと思った。
「なぁ・・・幸せってなんだ思うよ?」
男からの突然の質問にレッドの動きは止められた。
「えっ?」
質問の意味もタイミングも全く不可解だったので、レッドの返事は自然と疑問となる。
「幸せって何だと思うよ?」
今度ははっきりと聞くことが出来たその質問にレッドは黙ってしまった。
今、自分が存在しているのは罪を償い、ロケット団残党をどうにかすることだけであり
自分の存在はそれ以外の意味を持っていない。
要するに幸せを得る方法が存在しない。
「・・・どうして、そんなことを・・・聞く?」
心を乱されてしまい、敬語を維持できなかった。
「それは、私が最高の幸せを求める存在だからだよ」
男が技術者と考えればその言葉は確かに間違えていないだろう。
他人の幸せのあり方を聞くことで、自分のすべき事を確認しているのだと思うから・・・
レッドは何とか心を落ち着かせて、この男に質問してみた。
「じゃあ、おじさんはその最高の幸せって何だと思うの?」
男は釣竿を少しだけ動かして、別の場所に糸をたらす。
不思議とこの空間は春の暖かさを感じないような気がしてきた。
「経験・・・時の充実・・・。それが、幸せだと思うよ」
男は少し考えてからその回答を導き出したようだ。
「時の充実・・・」
不思議な言葉と、不思議な感覚に引き込まれたが、何故かその言葉に不快感を覚える。
「死以外の負の要素を全て幸せと捕らえることが出来れば、不幸だって幸せだよ」
男は続ける
「寿命という限られた時間の中で、多くのことを経験したものがもっとも幸せなんだよ。
幸福しか知らない人間は、不幸の辛さ厳しさの意味も、味も知らずに死んでいくよ。
その逆も考えられるが、結論から言って両方の味を知っている者の方が時間を最も
有益且つ利口に使った、人生を楽しんだ人間、即ち、幸せな人間だということよ。」
正に発想の転換。その言葉を聞いてレッドは雷に打たれたような感覚に襲われた。
大切な人を守れなかった時に、もう幸せになることも無いと思っていた自分。
しかし、こんな自分でも漠然とした幸せを得る術はあった。
罪人である自分も漠然としているが幸せになることが出来る。
そう、いわゆるポジティブシンキング。
塞ぎこむばかりで忘れていた、前向きに生きるということ。
「・・・ありがとな、おじさん。」
レッドはお礼を言うと、その場を去った。
白髪交じりの男はその場で黙々と釣りを続けた・・・・・・
夜、レッドは街のホテルに久々に宿泊していた。
そのホテルの結構高層の部屋に止まっているので、部屋の大きな窓からは
夜の街を見下ろすことが出来る。
シャワーを浴び終わったレッドは、据え置きのバスローブに着替えて早速
夜の街を窓から見下ろした・・・・・・
何も考えずに下界の様子を見ているうちに
今日会ったあの白髪交じりの釣り人の話を思い出していた・・・・・・。
(幸せ・・・)
そして考える。漠然としていない、はっきりとした、自分が得たい幸せとは何なのかを。
今自分自身が最も求めていること、それは・・・・・・
「“開放”・・・」
罪からの開放、それが最も求める自分の幸せ。
その幸せを得るためには自分はどうしなければならないのか。
罪から開放されるには“断罪”そして“許し”以外存在しない。
“断罪”そして“許し”・・・そんなことを考えながらふと下界のほうに意識を持っていく。
よくは見えないが、どこかの家で丁度夕食の時間なのだろうか
家族で夕食を楽しげにとっているのが見えた。
そこから視線を外して街の中心部の広場に眼をやると
一組のカップルが楽しげに会話をしながら、夜の街へと消えていった。
思い出が一つ蘇ってきた・・・・・・
この街の郊外にこの街のジムリーダーを呼び出した時のことだ。
あの男と共にブラック、いや、謎の男として全国のジムリーダーを
徹底的に叩いていた時、あのときのことが思い出されてきた。
丁度今頃ぐらいの時間帯・・・
岩タイプを巧みに操る女性のジムリーダーだったが
何の躊躇いも無く、ポケモンをボロボロにして
既に手持ちの全てを戦闘不能にしたのにも関わらず
トレーナー自身もボロボロにした。
今でも生々しく聞こえてくる
彼女のまるで断末魔の叫びのような悲鳴が、心を侵食し始めた。
ジムリーダーの彼女にも暖かい家や家族があって、大切な人がいて
彼女にも幸せがあったはずである。
いや、彼女だけではない。
自分が倒してきた全てのジムリーダーそれぞれにそれは存在していたはずだ。
そして、それはジムリーダーだけでは無い。
傷つけてきた仲間達にもそれは言えることだ。
レッドは一瞬でも幸せを求めようとしたことを後悔した。
(・・・・・・オレに、幸せを求める権利はあるのかな・・・・・・)
あまりにもたくさんの事に気がつかなかった。
仲間達が幸せを得ていないのに自分だけが、幸せを得ていたことに。
幸せを失った、守れなかった自分が、誰よりも多くの幸せを奪ってきたことに。
やはり自分には贖罪以外の道は残されていないようだ。
自然と流れ始めた涙を拭うことも無く、レッドはカーテンを閉めてベットに横たわった。
いろいろと思い出してみれば、自分は死んではいけない立場であることも思い出した。
最近蘇ってきたあの男との思い出は、もしかしたら
自分が死ねないことを警告する意味だったのかもしれない。
心身共にボロボロの現状で、今日会ったあの男が考えるようなことは実行できるのだろうか
しかし、そう考えること自体が自分にとって新たな罪を発生させる原因となるのだ・・・
自責、戸惑い、困惑・・・そして、悲しみ、苦しみ・・・・・・
処理しきれない感情をそのままにして、レッドは眠りについた・・・・・・。
その後、レッドはしばらくの間ホウエン地方に滞在した。
目的はジムリーダーや四天王への贖罪とキメリアンに世界を見せることだった。
ジムリーダーたちへの謝罪は一応済ませているが、贖罪をしたわけではなかったので
レッドは自分に出来ることを、とにかく精一杯やった。
ある時はジムとジム周辺の掃除。またある時はジムの仕事を一日手伝ったり
そしてまたある時は街の人の要望に応えたりと、毎日を忙しく過ごした。
そんなことをしているうちにホウエン地方に早い初夏がやってきた頃
レッドは全てのジムリーダーと四天王たちになんとか贖罪を済ませた。
自分なりのけじめをつけてレッドはホウエン地方を後にした。
その理由として、レッドにポケモン協会から次の目的地への移動が下されたからだ。
どうやらそこの地方で、ロケット団残党の活動を確認したらしく
協会の別のエージェントたちが集結しているそうだ。
その地方とは・・・・・・ジョウト地方。
そして、季節は夏を迎える。
イエローと別れて故郷マサラを後にしてから既に2年以上経過した。
そして近づいてきた自分の故郷に、ある考えをもつようになったレッド。
ジョウト地方へと向かうことになった贖罪の旅路。
贖罪と捜索と自分の答えを探す旅は、ジョウト地方へと場所を移した・・・・・・
Phase.11へ・・・